“スピリチュアルとは何か”。その意味や方法論を探究するスピリチュアルブログ「魂の神秘学」―瞑想、瞑想方法、内省など多岐に渡って

心身の回復はまだ道半ばかもしれない。でも都合いいスピリチュアルには頼らない決意とともに。

こんにちは、たーこです。
さて、たまには真面目な記事です。

心身を病むと占いやスピリチュアルに依存し始める人がいます。
私にもその傾向はありました。
今も、時折「夏樹さんの奥さんならスピリチュアルでケアしてもらえていいね」的なことは言われますが、
夏樹は断じてスピリチュアルなケアをしません。
精神が健全でないときにスピリチュアルに手を出せば、
悪化させるだけです。
そしてそのことは私の経験からも強く言いたい点でもあります。

以前、このようなことを書きました・・・。

 

エゴイズムと心いう心の病

 

●エゴイズムとは人間の外側についている汚れの反映

●私たち(人間)≠エゴイズム

●私たちのエゴイズムは「病気」ともいえる存在

 

 

私たちは、人や状況に対して嫌悪感を持つことがあります。

何故そういう反応をするのでしょうか。

 

特に人に関して考えると、わたし達は

その人のパーソナリティ(性格)が嫌いで、受け入れられないのです。

なぜその人のパーソナリティが嫌いなのか?

それはその人のエゴイズムが見えるからです。

 

病院に行くと色々な病気の人がいます。

その人の顔をよく見ると同情する心が動きます。

何故か。

病院では病気と人を区別できるからです。

私たちは、嫌いな人の中の病気(エゴイズム)とその人が一つだと思うから嫌いになるのです。

エゴイズムは病気と思ってください。

〜的なことを、

ダスカロスのお弟子さんであるハラランボスさんは

書籍「私は何のために生きているのか?」で言っています。

 

 

自分を振り返ると・・・

ここでちょいと昔話をさせていただきますね。

ちなみに内容、長くてイタいです。

 

私はなんと言いますか、依存体質でかつて摂食障害やら

●●依存的なもの被害妄想等々に囚われまくってました。

今回は私の場合の摂食障害について記載します。

私は身長156.5cm位なのですが、当時の体重は最大で今より14kg程太ってました。

食べたくもないのに食べて、で、吐いてました。

食べたくもないのに、というところがミソです。

もちろん「食べたい」という願望もあります。

でもその奥には

「他人と同一化したい」、「人に受け容れられたい」、「認知してほしい」etc.

という、非常に切実な願望がありました。

私は一時いじめられていたのですが、

周りの人と同じような格好、

同じような食べ物を食べれば

周りの人と同じようになれるかもしれない。

同じように仲良くしてもらえるかもしれない。

という、何とも頭の悪い発想をしていました。

正確に言うと、当時の友達(とはいえたものではありませんがとりあえず)が

塾帰りにコンビニで何かお菓子だか菓子パン、

あるいはたい焼きなどを仲良く買って食べている様子を私は見ていました。

私は自分に意地悪をする人たちの仲間に入れてほしかったですし、

仲良く・優しく接してほしかったのです。

なので、真似をすればいいのかもしれないと、

「コンビニで何か買って食べる」というコトを始めました。

たいして欲しくもないのにw

いじめはもちろん止まりません。

量が足りないのかと思い、欲しいものを増やして沢山食べました。

そして嫌なことがあると自分を慰める為に食べるようになりました。

嫌なことをしなくてはならないその前に食べるようにました。

そして「太りたくないから」吐きました。

気づいたらこの一連の流れが習慣化されていました。

「太りたくないから」と書きましたが、実際は

食べては吐く、という行為を繰り返すことそのものが一つのストレス解消でもありました。

自己破壊的行為によって自分に罰を与え、

自分の支配欲や欠乏感、孤立感、復讐心などを慰めていたのでしょう。

※この点に関しては当時から自覚があり、

どうすればいいのかと探ろうとはしていました。

まあ、内容的にちょっとイタい内容ではありますが(笑

そして周りの人と自分がなんか色々と「違う」。

「何かが 決 定 的 に 違う」ということに気づき

絶望的な気分になりつつ、「私は人とは違うんだ!」と、誇大妄想にかられました。

それでも私は「周りの人に認知されること」を諦めきれませんでした。

そのため、周りの人にとって都合のいい行動ばかりとっていました。

自分という存在そのものが邪魔で仕方がなく、自殺願望が常に渦巻いていていたと思います。

みんなも色々大変なんだ。

いつか周りの人が自分に向かって

当たり前に笑いかけてくれる日がくるかもしれない。

と、わずかな望みにすがって鬱々とした日常を

必死にヘラヘラ笑って「ごめんなさい」を繰り返して毎日を乗り切ってました。

あまりの満たされなさから、人の中にいること自体が苦痛で仕方がなかったのですが、

それでも学校へは行かなくてはなりません。

なので私は食べました。

「お守り」

「こんなに美味しいものを食べている私は特別」

「頑張れ頑張れ頑張らなくちゃ」

と、本当はたいして必要ともしてないし

本当は食べたくない筈なのに、食べ続けました。

この頃には食べ過ぎ・吐き過ぎのせいか

体中が常に痺れているような感覚になっていたと思います。

それでも食べて吐くを止められませんでした。

※病院に行けよ、という話なのですが、

残念ながらそれは別の事情で「不可能」でした。

なので、共依存などに関する書籍を読み、

自分の感情や疑問などを書き出して

納得がいくまで掘り下げて、

自分との対話、現状の自分と対策を見出す努力を試みていました。

〜とはいえ、常に自己批判付き纏い、

どこまでいっても「私のこの行動は異常」「医者の力が必須」

というところにしか行き着かず、病院にも行けないので

「あかん八方塞がりや!私の人生オワタ\(^0^)/」と、よく思っていました。

なのでヒーラー(笑)占い師を使い

「自分の悩み・不安を聞いてもらう」

「自分に都合のいい優しい言葉をかけてもらう」

「アドバイスを貰う」等の

いわゆる”コミュニケーション”を、金で買うことをしました。

(ちなみにこの「コミュニケーション」、別名占い依存ですね★

 それはもう大金突っ込んでました。)

大学をお情けで卒業させてもらい、引きこもっていた頃

(当時神秘学やエレメンタルなどの言葉は全く知りませんでしたが)

流石に「何かおかしい」と感じていました。

 

自分は確かに自分である筈なのに、自分ではないというか。

離人症などとはまた違う感じ。

 

ちなみにこの「摂食障害」「占い依存」等々は

家出をしてしばらくしてから徐々に治っていきました。

めでたしめでたし。

 

さて、このかなりイタい一連の流れ。

エゴイズムの扱い方と内省、正しい考え方に関する間違いが

あちらこちらに散りばめられてると思いませんか?

※別名「突っ込みどころ」ともいう。

何にしてもこれは人生における一つの失敗例といえるでしょう。

「はじまり」から「めでたし」までに大体18年前後かかっていることを考えても

ここだけを切り取れば「失敗」といえるのではないかとおもいます。

(本当のところはわかりませんが。)

 

スピリチュアルは安易な逃げ場所ではなかった。

スピリチュアルは

決して安易な逃げ場所ではありませんでした。
むしろ本当はより厳しいなのでしょう。
決して、「甘い癒し」をキャンディーのように与えてはくれませんる

人とのコミュニケーションへの欠乏を埋めるためのものでも、
もちろんありませんでした。

夏樹の講座では本来のエゴイズムの扱い方や内省、

「正しい考え方」等々を詳細に語っています。

語ってなくても問えば「ある程度」回答してくれるのではないかと思います。

明日の講座で皆様にお会い出来ることを楽しみにしております。

飛び込んで参加しちゃいたいワ!(^0^)ノ

という方はコチラからお申し込みください☆

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