“スピリチュアルとは何か”。その意味や方法論を探究するスピリチュアルブログ「魂の神秘学」―瞑想、瞑想方法、内省など多岐に渡って

「後悔」せずに知恵つけて。

反省】
 自分のしてきた言動をかえりみて、その可否を改めて考えること。
 自分のよくなかった点を認めて、改めようと考えること。
 
【後悔】
自分のしてしまったことを、あとになって失敗であったとくやむこと。
【悔やむ】
 失敗したことや、十分にできなかったことなどを、あとから残念に思う。後悔する。
 人の死を惜しみ悲しむ。
 
【内省】
 自分の考えや行動などを深くかえりみること。反省。
 「内観」に同じ。
 
【内観】
 仏語。内省して自己の仏性・仏身などを観じること。観心(かんじん)
 《introspection》心理学で、自分の意識やその状態をみずから観察すること。内省。自己観察。
 
【観察】
 物事の状態や変化を客観的に注意深く見ること。
 《「かんざつ」とも》仏語。智慧によって対象を正しく見極めること。
 
goo辞書より引用

 

どうも皆様こんにちは(*^^*)/

たーこです。

「いい加減、夏樹の投稿出せや!」

〜と、お叱りを受けそうですが

夏樹は現在社会人でもありますので、

毎日が日曜日なたーこがが面の皮厚く更新させていただきます。

たま〜に真打ち夏樹が更新しますので、なにとぞ、なにとぞ。

 

さて。

 

上に何やらいつものように日本語の意味を調べたものが記載されてありましたが、

これらは、いざ内省をするにあたってごっちゃにしやすいものです。

いわゆる●●中毒患者が陥るケースは反省しているつもりの後悔らしいです。

以前私の摂食障害のパターンを書かせていただきましたが、

その時期は「何故こんなことをしてしまうのか?」と心の奥底で問いを立て続ける一方で

あれこれと延々と終わらない後悔をしていたものですw

こいつは自戒でもあるのですが、

過去を巻き戻すことは出来ません。

過去を取り返すこともやり直すことも出来ません。

やってしまったことに対して人間は無力です。

取り返しがつかないのです。

残酷で当たり前なことですが、

これが事実です。

何故後悔をするの?

この辺について「人は変われる」の著者であるところの高橋和巳氏は

今にとってはもう役に立たなくなった古い解釈のままで頑張っているからだといった内容を主張しています。

(※私は「古い解釈」という言葉を思い込みと言い換えることができるのではと踏んでいます)

人が変わる。その現象は多くの場合、言葉の変化から始まる。

一週間前に来院した同じ人が一週間後の同じ診察室でそれまでとは違う言葉を語り始める。

一週間前までのその人の人生では、決して発せられることがなかったであろう言葉が、飛び出す。

その言葉はもちろん人によってさまざまに異なっている。

「がんばりすぎていました。いろいろ考えて、疲れました」

「自分のことがわからなくなりました」

「もうが、我慢なんかしないことにしました」

「自分を放っておくことにしました」

きっかけとなった言葉は人それぞれである。

しかし、言葉に共通しているものは、古い解釈への決別宣言である。

解釈とは自分と自分を取り巻く世界に対する解釈である。

「がんばりすぎていました、色々考えて、疲れました」

と言うとき、

がんばっていたのは

古い解釈でなんとか現実を変えようとしていた自分であり、

 

考えすぎて疲れたのは、

自分の現実を理解する効力を失った古い解釈にいつまでも固執していた自分である。

 

「自分のことがわからなくなりました」という言葉も、人が変わるときに特徴的である。

これは方向感覚の喪失を訴えている言葉である。

なぜ、自分がわからなくなったのか。

それは、新しい自分が古い解釈の枠組みを越えて動き出しているのに、

それを昔のままの解釈で理解しようとしているからである。

古い解釈が役に立たなくなった。

しかし、新しい解釈がまだ自覚されない時、

人はいまだ言葉にはならない新しい動きに身を任せ

「自分を放っておく」ことにするのである。

自分の古い枠組みの中に「もう、我慢なんか」している必要はないのである。

人が使う言葉が変わると、同時にその人の語り口と表情も変わる。

これは、考えてみれば当たり前のことかもしれないが、

そのときの口調と表情は発した人の人生にとっては、

まったくはじめてのものである。

それは、ほとんどの場合、それまで知らなかった言葉ではないし、

単にそのときまで、使われなかっただけの言葉である。

しかし、発した人にとっては、全く新しい言葉の用法である。

言葉によって何かが表現出来たことで、その人の気持ちがすっきりとする。

心が楽になる。重いものが、すーっと消えていく。体は軽くなる。

そのとき、胸のあたりにふっと暖かいものが生まれる。

軽く、暖かくなった身体は自然に動きはじめる。

いつの間にか、言葉は心から身体へと広がっている。言葉はその人の行動を変えていく。

「人は変われる」p51~p54

※強調・下線などはたーこによるもの。

※引用長くてごめんねごめんね。

これは私の解釈になりますが、

後悔という呪縛に動けなくなっているのは引用部分でいうところの

「古い解釈の中で現実を変えようと頑張っていた自分」にあたると思うのですね。

いや、もしかしたら反省程度にはなっていたのかもしれませんが、

決して観察や内省・内観にはなっていなかったのではないでしょうか。

ミヒャエル・エンデの「モモ」の中には

「それを話すにはことばが熟さなくてはいけない、その為には待つことができなくてはいけない云々」的な記述があります。

言葉が熟すとはどういうことでしょうか?

私は今のところある特定の対象、あるいは状態を自身の言葉で捕らえるために必要な時間なのではないかと思っています。

そして、後悔をする人は自分の状態を批判するようなことはあっても言葉で捕らえるという発想をしないのではないでしょうか。

自身の言葉で、ある対象や状態を言葉を捕らえることができたとき、その人はこれまでの自分ではいられなくなります。

これは”Water”が何であるかを知ったときのヘレン・ケラーのようなものなのではないかと推測しています。

彼女は耳も聞こえず目も見えませんが、水が何であるかを理解しました。

感覚を越えて、文字通り直感したのかもしれません。

そこにいるのは自分の不自由さに対する憤りや後悔でも何でもない、新しい自分なのではないでしょうか。

知識は正しさ・真理への道

スピリチュアルな勉強をしていても、理論から実践するまでにギャップがあります。

そのギャップを埋めるのは内省しかありません。

「自分はなぜ、今こういうことをしているのか?」。

その理由を見つけて、理論と実践が一緒になると正しく道を歩くことが出来ます。

理論と実践の間にギャップがあると、間違った解釈(誤解・勘違い)をしてしまいます。

すると色々な問題が出てきて、先に進めなくなります。

スピリチュアルの道を歩む上で危険なことは、間違った解釈・勘違いをすることです。

一度それにつまづくと、今まで学んできたことがゼロになってしまいます。

※「私は何のために生きているのか?」著者:ハリーランバート(ハラランボス)p59より

※引用ばっか多くてごめんね。

私はご存知の通り病みートで、働かずに飯を食わせてもらっている立場です。

事情は何であれ、病みートが世間にとってどんなモノであるかを多少なりとも知っています。

だからかもしれませんが、

「スピリチュアルの道云々の前に現実的道をしっかり歩けないと、生きていけない。」

と思っています。

私は人様の温情によって生かされているようなものなのです。

言い換えると乞食です。

まあ、今は一応家事とかブログ更新してるけどさ。

基本夜まで寝てるけど。

なので、スピリチュアルな勉強はしても現実的な考え方に応用出来ないものは頭には入れてもあまり気にしません。

※私の場合ね。ちなみに、理解出来ないものは理解出来るまで待つというスタンスです。

そうはいっても大抵の大真面目な霊性についての記述はほとんどが現実に活用出来る考え方です。

もしかしたら霊性の道自体、超・現実的な考え方の先にあるものなのかもしれない、と思う位には現実的です。

ちゃんとやろうとすると勘弁してくれと思う位には現実的です。

まあ、ちょっと間違えると死人が出る位の道なのですからそういうものなのでしょう。

 

まあ、そういう考え方なので「テンシガー、ヨウセイガー」とか言われても

「あーそうですかー。(私には見えんけど。)」という感じです。

/(^0^)\物理的に見えないのだから仕方ないじゃないか。

(とはいえ、そう言う人には(知らんけど)見えているのでしょうから適当に話合わせはします。)

エゴイズムと病

話が大幅にそれましたので戻します。

そしてまたまた引用wすいません。

夏樹と違って知識が身に付いている訳ではないので、どうしても引用が多くなっちゃうとです、はい。

エゴイズムの種は、「恐怖」です。

どうして恐怖を感じるのでしょうか?

自分は周りから分離されていて、独りぼっちであるという意識があるからです。

「独りだから自分を守る為には何をしてもいい」と思い込むと、

そこから間違った解釈やエゴイズムが始まります。

恐怖から生まれた考えはとても危険で、真理からどんどん離れていきます。

人間のメカニズムがわかると、絶対無限の存在のメカニズムもわかります。

ただスケールと量が違うだけです。

私たちは一人ひとり神であると同時に、それぞれ違った現在のパーソナリティを持っています。

私たちの生きている目的は「神と再び一体になること」です。

そのことに気がつかないと、いつまでも分離の意識を持って生きていくことになります。

分離と孤独の意識から恐怖が始まります。

しかし恐怖というのは、ただの幻です。

恐怖が本当に実在するとしたら、人間は皆同じ恐怖を持つ筈です。

しかし、病気が怖い人もいればそうでない人もいます。

皆それぞれ異なった恐怖や、異常な部分を持っています。

異常に食べたり、飲んだり、怒ったり、さまざまな異常な部分を持っています。

恐怖と異常なところをなくさない限り、私たちは真ん中の普通の道を歩くことが出来ません。

その為にも正しい知識が必要です。

※「私は何のために生きているのか?」著者:ハリーランバート(ハラランボス)p35より

 私は病気ですが、病気を「無くす」ことは出来ないと思っています。

摂食障害や●●依存やらなんやら色々やって、ある程度回復はしていますが、

現在の日常生活を送る上でこじらせることがほとんどなくなったというだけです。

未だに何らかの困った衝動に苛まれることもありますし、その衝動に負けることもあります。

一度生み出したエレメンタル(想念)は消すことができないことと同じことじゃないかなと思います。

対処方法は、エレメンタルにエネルギーを与えないようにすると同様、

病気にエネルギーを与えないようにするということではないでしょうか。

(°3°)キニシナイ!〜ってやつです。

人間には抵抗力と免疫力があります。

抵抗力と免疫力を最も強化することができるのは知恵なのかもしれません。

ヤフー知恵袋のコメントが正しいとすると、

抵抗力=ブロック、ガード 
免疫力=スルー、慣れ

です。

これらを言い換えると

抵抗力=防御、守り

免疫力=スルー力

になります。

たーこは外部からの物理的圧迫には抵抗力&免疫力が、

内部からの圧迫は免疫力が活躍してるんじゃないかなと思ってます。

敗北パターン「うわああああ●●依存の衝動があああああ!うわああああ!ああああああ(敗北)」

勝利パターン「あ、●●依存の衝動がでてきちゃったねー。あ、そー。」

みたいな。

自分で無理なら周りの人に自分の代わりにうまくスルーしてもらうとかね。

これは実例。↓

たーこ「夏樹さん大変!死にたい!!」

夏樹 「え、なんで?」

たーこ「わかんない!死にたい!」

夏樹 「死にたいと思うのが好きなの?」

たーこ「あ、そうかも!」

完。

※この場合夏樹が話を聞いて死にたい状態をというモノを

言葉でうまく縛って落としどころを作ってくれたというのが大きいかもしれないけど。

知っていたから成立したやりとり

前述のやり取りがうまく成立してくれるのは

私は自分が「死にたい病」を持っていることを知っていて

下手に抵抗したり、死にたいと思ったことを後悔したり反省すると、

余計に死にたい病が悪化してやってくることも知っているからではないかと思います。

「知っているから」成立する力です。

知らなかったら「何でそんな酷いこと言うのよ、キー!」となり、

成立どころか夫婦関係に傷さえ作っていたかもしれませんwww

そういうわけで、

観察や内省、内観と後悔、悔い改めの違いなど、

「知る」ということは、

自身のエゴイズム・病・誤った考え方、

現在のパーソナリティなどに

個々の気づきを与えるヒントにつながるかもしれません。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(18/06/01)
    >たかメイ へぇ、おもしれぇな。 そのじっちゃんがどういう意味で言っているのかちょいとわからんが、 アストラル界を超えて、コーザルまでいくと、もう光とかじゃない。 「光」ということは、反対の「暗い」があるだろ? それは相対性領域であることを意味しているんだ。 相対性を超えると、 今度はなんというか、意味・概念の世界の入るのよ。 そこまで行ったら確かに本物というかガチで一人前だ。(笑)
    » 「復活の呪文」で復活した物語【スピリチュアル成功哲学あるいは法則】
  • User Avatar たかメイ さんより(18/06/01)
    失礼いたします。ちょっと質問させて下さいませ。 スピ系のワクワクキラキラ系は、よく「光ってください!」と言います。 アストラル界はこの世の光とは比べものにならないほどの眩い光を放っていると夏樹さんのブログで読みました(RGB)。 そ、そんなに眩しいのか!と思いましたが、 二年前にある方のセミナーに行ったとき(75歳くらいのおじいちゃんが講師)、「本物はもう光ってない。」とおっしゃってたんです(そのおじいちゃんは昔のある時期、暗い部屋にいて電気を付けなくても大丈夫なほど光っていたそうです)。 その意味がまったくわからなかったのですが、 アストラル界は眩いほどに光ってるけれども(魔術)、メンタル、コーザル界まで行くともう光は無いのでしょうか? だとしたら、そのおじいちゃんはもうアストラル界を超えてしまっていたとか、脳波はデルタ派なのだそうです。
    » 「復活の呪文」で復活した物語【スピリチュアル成功哲学あるいは法則】
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(18/05/23)
    ははっ。この復活の呪文は自分の望むべき、在るべき状態へと「復活」することを企図するものだな。笑 まぁ別にカネがかかるものでなし。 未読なら読んでおくといいぜ。 いつか役立つかもよ?
    » 「復活の呪文」で復活した物語【スピリチュアル成功哲学あるいは法則】
  • User Avatar shin さんより(18/05/23)
    カセットの内臓バッテリーが切れてセーブデータも消えてしまった「Ⅲ」状態(笑)の自分ですが、今回の記事は興味深く拝見させて頂きました。メルマガやブログ記事に「復活の呪文」との記載があったのは存じてましたので気にはなっていましたが、「まだその時ではない、そんなに酷い状態には陥っていない」と自分に言い聞かせてスルーしていました。ですが、これはそういうものではなかったのですね? 今は棺桶に入ったまま勇者の後ろに引っ張られているかの様な実生活を送っていますが、よく考えてみたいと思いました。 Ⅲに復活の呪文を入力する裏コマンドとかあったっけ...↑↑↓↓←→←→BA...
    » 「復活の呪文」で復活した物語【スピリチュアル成功哲学あるいは法則】

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