“スピリチュアルとは何か”。その意味や方法論を探究するスピリチュアルブログ「魂の神秘学」―瞑想、瞑想方法、内省など多岐に渡って

自分の衝動をチェックして善い衝動を生かす

どうもこんにちは、たーこです。

お呼びでなくても這い寄ります。

 

さて。

 

「好きなように動くこと」が善い習慣になった例。

 

先日近所の商業施設へ行ったら、
フードコートの人通り多い場所に紙ナフキンが落ちてました。

踏んで滑って転んだらあぶないので
拾ってポケットに突っ込みました。

これで、
誰かがうっかり紙ナフキンを
踏んで滑って転ぶ可能性はなくなりました。

でも、ただそれだけのことです。

私にとっては何の得もありません。

場合によっては損にもなることもあるでしょう。

でも、私はそれで何の問題もありません。

気分的にはすっきりです。

どうして私が「そう」なったのか、
今日はその辺について語らせていただきます。

 

 行動せずにはいられない自分と、行動する自分に憤る自分

大分前ですが
道路に狸が轢かれて死んでました。

女子中学生か高校生が
「キャー!なにあれ!」
といいながら通り過ぎていきました。

彼女らはかつて私が憧れた

「仲の良さそうな女子中学生・高校生団体」です。

そして、
車通りの多い細道に「死んだ狸」。

私は女学生たちに嫌がられる
「死んだ狸」を何とかしてやりたい
衝動に駆られました。

同時に「私がやる必要はない」という考えや
「周りにいいように利用される自分」
を連想して嫌な気分にもなりました。

でもそれ以上に何かに対して
猛烈に腹が立ち、
イライラして仕方がなくなり、
覚悟を決め、
ちょうど持ってたビニールで狸の遺体を拾い上げてました。

でもそのとき女学生達は
狸を拾い上げる私をじろじろ見ながら去って行きました。

なんていうか、
ばつがわるそうな顔と汚いものを見るような目が入り交じった感じで。

 

自分の行為に憤る自分と行為を評価した夏樹

 その後私はしばらく狸を抱えて
遺体の置き場を探したのですが、
置き場がありません。

困ったので最終的に近くにあった
一般ゴミ箱に突っ込み(←ごめん。)

「すまん。成仏してくれ。
と手を合わせました。

出来事としてはただそれだけのことです。

(かえって迷惑な行為をしてしまったかもしれませんが^^;)

 そのときは行動している自分の中では
こんな考えが渦巻き
自分に対して非常にムカついていました。

一般的な目線ではこんなことする事自体
「損をしている」「ええかっこしい」
と批判するだろう。

でも、
自分は狸を拾い上げるという行動をとってしまう。

「自分何してんねん(怒)」

「こんなんしてもいい事ないのに、
 何してるんじゃい。」

「責任取れないようなこと
 をしてるんじゃねえ!」

「外でこんなことする
 ならさっさと働いて金を稼いでろ!」

みたいな。

しかし、件の行為に対して夏樹は感心していました。

つっても、私自身はイイコトしている自分に腹が立ってしょうがないので、

その旨を夏樹に言いました。

んでも、
夏樹は「その行為は美しい行為だ」
と言ってました。

夏樹に言わせると、
美しい行為だったらしいです。

私にとっては頭の悪い性癖
ともいえるものだったので、
その旨を伝えましたが、

夏樹はそのように思うべきではないと言ってました。

 

発達と衝動

 ここで、ようやく本題。

夏樹が超お勧めしている
本の一つに「神との対話」
(※お勧めなのは3巻までらしい。)
があります。

その神との対話文中で

支えとなっている考えが
楽しいものであれば常に喜びを生む。

秘訣は支えとなっているものを
変えることだ。

とか、

まずしなければならないのは、
思考ー言葉ー行為というパラダイムを逆転させること。

だとか言っているページがあります。

〜で、私は下記引用の部分に割と救われました。

”行動する前に考えよ”という古い格言を知っているか?

それは忘れなさい。

根となる考えを変えたければ、「考える前」に行動しなければいけない。

たとえば通りを歩いていて、老女に25セントくださいと乞われたとする。

いくら貧しいといっても、

老女に小銭を与えるぐらいはできると、あなたはすぐに気づく。

そこでまず老女に金を与えようという衝動が起こる。

ポケットに手を入れてたたんだ札を取り出しかけるかもしれない。

一ドルか、あるいは五ドル札さえ取り出そうとするかもしれない。

そうしたら、老女はどれほど喜ぶだろう。

どんなに元気づくだろう。

そこへ考えが割り込む。

おまえはどうかしているのではないか?

今日の予算として七ドルしかないんだぞ!

老女に五ドルやるつもりか?

そこで一ドル札がないかなと探しはじめる。

そこへまた考えが割り込む。

おいおい、人にくれてやるほど金があるのか!

コインをやってさっさと立ち去ったほうがいいぞ。

あなたは急いで、二五セントのコインがないかと別のポケットを探ろうとする。

だが、五セントや十セントしかなさそうだ。

あなたは気まずい思いをする。

ちゃんとした服装をして、食べるものにも困らないというのに、

無一文の老女にたった五セントや十セントしかやれないのか。

二五セントがないかと、あなたはあわてて探す。

ああ、ポケットの底に一つあったぞ。

ところが、そのときにはもう、

決まりの悪そうな笑みを浮かべながら老女の前を通り過ぎてしまっている。

引き返すには遅すぎる。

老女は何も貰えなかった。あなたも何も得られなかった。

あなたは豊かさと分かち合いということを知る代わりに、

老女と同じくらい貧しい気分になる。

どうしてお札を与えなかったのか!

最初は衝動的にそうしようとしたのに、考えが邪魔をしたのだ。

次の機会には考える前に行動しなさい。金を与えなさい。

かまうことはない!

あなたには金があるし、あなたが金を得たところにはまだある。

その考えだけが、あなたと物乞いの老女を隔てる違いだ。

あなたは金を稼いだところにはまだ金があることをはっきりと知っているが、

老女は知らない。

根となっている考えを変えたいと思うなら、

新しい考え方に従って行動しなさい。

だが、急いで行動しなくてはいけない。

そうしないと、

気づいたときには精神がじゃまをして新しい考えを殺してしまう。

文字どおり、殺してしまうのだ。

新しい真実は、あなたが知らないうちに死んでしまう。

だから、機会があったら急いで行動しなさい。

それを何度も繰り返せば、

やがてあなたの精神は新しい考えを身につけるだろう。

それがあなたの新しい考えになるだろう。

(中略)

新しい考えはあなたにとって唯一のチャンスだ。

発達し、成長し、本当の自分になるたった一つのチャンスなのだから。

あなたの精神はいま、古い考えでいっぱいだ。

古いだけでなく、ほとんどは誰か別の人の古い考えだ。

だから、今こそ、あなたの考えのいくつかを変えることが大切だ。

それが発達ということなのだから。

※「神との対話」P227~P229より

 ※ホンットどうでもいいことですけど、

この引用部分に、エヴァンゲリオンのゲンドウが息子に向かって言う

「乗るなら早くしろ、でなければ帰れ!」のシーンを連想するのは私だけですか?

とは言うものの…

 私はこの引用した内容が
全てだとは思いません。

金があるのに「お金ない」「大変」
という発言を繰り返して、
労働力やお金などをたかる人もいます。
ホントにいる。

お金持ちさんの中にでも

そういう人はいます。

だもんで、
何かするなら犠牲に
するものは何かも考えて、
覚悟を決めてやるべきだと思っています。

 

現に私の母は(母にとって)
衝動に従うことで、
良くない人にたかられ騙されてしまいました。

これは身内だから
言えることかもしれませんが、

確かにあの人は善いことを
していたのでしょう。

しかし、
その善いことは自分以外の
誰かの犠牲の上に成り立っていることに
気づいていなかった。

利用され、
騙されていることにも気づかなかったのかもしれません。

そして結果的にあの人は
私にやたらめったら恨まれる羽目になりました。

そうはいっても、
母親も1人の人間です。
間違えることくらいあります。

 

だもんで、
私も「まあ、そんなこともあるよね。仕方ないよね。」
と思っている節もあります。

思ってはいるってだけで、
まだ赦してはないけどw

 

その衝動はありたい自分に合致しているのか?

 

基本的に私は
「人間、
 多少泥かぶった位で死にはせん、

 洗えばまたすぐに
 奇麗になるわい。」と
 思ってます。

 ※この発想は恐らく私が愛憎交錯して止まない母の教育の賜物だと思います。

でも、善いことや一見善いことに見える
行為をすることで、
かなり痛い目を見ることもあります。

大事なものを犠牲にすることもあります。

なので、
単に自分の「こうしたい!」
という衝動に従うことについては
やや懐疑的な姿勢をとっています。

衝動。

この言葉、
夏樹の日々のブログにも
ちょいちょい顔を出しますが、

今自分に起こる衝動は、
適切なものなのかどうかを、
衝動が日常の習慣へと
変わるまでに確認する必要があるよなーと思っています。

その衝動に従うことで「在りたいと思う自分」に近づけるのか?

と。

まあ、
そんなふうに確認する作業の一つが
内省なのかもしれませんね。

 

ちなみに、神との対話ではこうも書かれています。

あなたは、自分がどうして今のような考え方をするようになったか、わかるのか?

世界があなたの精神を操作して、今のような考え方をさせているのを知らないのか?

世界に精神を操作されるより、自分で操作するほうが良くはないか?

ひとがこう考えさせたいと思う考え方をするより、自分がこうありたいと思う考え方をするほうがよくはないか?

外部に反応するだけよりも、創造的な考えを身につけるほうが良くはないか?

ところが、あなたの心は他への反応でしかない思考で満ちている。

他者の経験から生じた考えだ。

自分自身のデータにもとづいた考えはごく少ないし、

こうありたいという自分の希望にもとづいた考えはさらに少ない。

※「神との対話」p224

この記載内容を読んでしばらくしてから

私は泥を被る範囲が
 自分だけの場合は
 さっさと行動してしまおう。
 他者に被害が生じる場合は
 関係者に応相談ってことで。」

〜と思うようになりました。
今となってはある程度の場合、

泥が泥でも何でもなくなりました。
ほぼ道楽です。

こう書くとスカした感じにも見えますが、

実際は単純に、
自分の行動に対する考え方が
変わってきているってだけです。

他は何も変わってません。

病ニートであることも変わりありませんしw

ただ、自分の習慣や考え方を変えようとするなら

「在りたい自分」に合致した
自分の衝動に従うことで
人生をちょっぴり気持ちよい
ものにすることができるのかもしれません。

 

今日は、
そんな経験等をもとにした話でした。

 

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コメント

    • 森将泰
    • 2015年 4月 16日

    心のままに動くことがいかに難しいか?まよいます。夜道で運転中、いきなり横断した猫をひきました。ブレーキが間に合わず、戻ってみるとしんでいました。私は家に持って帰り、お経を一巻あげ、、翌朝清掃局に今日に持って行きました。あの時、過ぎ去ろうとする自分と「申し訳ないことをした」このままにはできないと思う心が、葛藤しました。今では拾って供養した自分に安らぎが残っています。

    • 加藤 夏樹

      世の中、
      そのまま捨ておく人が多い中、十分なことを
      されたと思いますよ!(なつき)

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