スピリチュアルとは何か。そして神とは何か。本気で学ぶための講座やメルマガも運営しています。

エゴイズムを満たし、自分を癒すためににヒーラーになる人たち

あー、ども。ぼくちゃんです。

 

さて。ヒーリングをしている、
提供している某ヤシらのブログを
つらつらと見ていたのだが・・・。

 

やはり、
「他者を癒せるチカラを持つワタシはすごい」
というエゴを感じてしまうな。

なんつーかね。

スピ系ヒーラーに多いのな。

そうやって自分に「ヒーラー」
という価値を与えることで、
自分を満たそう、
自分を癒そうとする
性根を感じてしまうわけだ。

 

意地の悪い視点かもしれねぇが、
そういう性根のヤシらだからこそ、
とにもかくにも、
手っ取り早く癒しのワザが身につく(とされている)
アチューンメント系のヒーリングにテを出して、
ヒーラーと名乗っているんじゃないかね。



もしかしたら、
本人は表層意識的には純粋に
「人のチカラになりたいから」
と思っているかもしれないが・・・。

 

しかしさ、
ほんとに本気で強く「人に癒しを!」と
願うヤシだったら、
効果があるのかどうかもわからない
ヒーリング技法でヒーラーに
なろうとするんじゃなくて、
代替医療であっても、
別のものを選択した気がするんだよな。


鍼灸とか指圧とか整体とか。


なぜ、アチューンメント系で
てっとり早くヒーラーに
なろうとしたのだろう?

 

そして実際にアチューンメントを受けて、
ヒーラーを名乗っているのだろう?



そんなことを思う。



大半は、
「そんなに簡単に宇宙の高次エネを
 使えるようになって、
 ヒーラーになれるなら!」
と軽く踏み込み、
すぐにヒーラーを
名乗っている気がするんだよなぁ。


まぁ、他人の選択に
とやかく言っても
始まらねぇけどよ。


自分を動かす崇高な目的やら
奇麗事の背景に、
自分でも気付かなかったり、
あるいは直視しようとしなかった
エゴイスティックな願望だったり、
怠惰な自分の顔があったりするもんだ。


この道を歩く以上、
そうした自分の面を見つめないで
すますことは許されねぇ。

 

自分の真実を映す鏡と
常に向き合う勇気だけは
失いたくないものだぜ。

ま。そんな話さ。

 

【特典つき!】メルマガ登録

 

メルマガ「魂の神秘学」は、

神秘家:加藤夏樹 が、ガチに本物の神秘学の探究を進めます。

本物のスピリチュアリティとは・・・?

と、真摯に問う方の登録を夏樹がとっても楽しみに待ってます!

 

登録はコチラから☆

 

メルマガ魂の神秘学は、

登録特典としてPDFブック
「神秘学ベーシックテキスト」
プレゼントしています!



>>こんな方はぜひ!

・本質的なスピリチュアルを探求したい。
・スピリチュアルで本当に大切なコトを知りたい。
・ヒーリングの基礎的なコトを知りたい
・ヒーラー向け基礎スキルを知りたい
・スピリチュアルの基礎を学びたい
・ちょっと本格的なスピリチュアルも知りたい



【Contents】

はじめに-最高のヒーリングの話

【内省編】
1.内省の効果として-内省で生まれ変わった男の話
2.理性で、潜在意識という畑を耕せ!
3.瞑想と内省との違い
4.基礎的内省の実践
5.内省の必要性としての補講

【ヒーリング編】
1.エーテル(気)を感じることから始めよう
2.エーテルの機能について1
3.エーテルの機能について2
4.エーテルの機能について3 基礎的プラクティス

【エソテリック・プラクティス】
1. 秘教のスキルとして霊的防御フィールドの構築
2. 1本の赤い薔薇を


【ヒーラーに向けて】

1.魂のセラピストたれ

登録はコチラから☆

 

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA


特別講義

おすすめカテゴリー

MYブックマーク

最近のコメント

  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
    » この世に何を遺せるのか

ブログをメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

RSS

twitter