真理は魂を温める。
泣いてもいい。また歩けばそれでいい。
どうも。なつきちです。
うぇーい系です。
ウソです。
そんなパーリーピーポーの
親戚みたいな
人種になれるワケがありまぬ。
さて。
先日「受胎と聖霊—親を選ぶ神秘学」の記事だが。
(メルマガとして書いたときの話たが)
正直、「ちぃと反応がなー」と思った。
おれだってね。
言いたい放題に見えて、結構気ぃ使うコトもあるとですよ。
マジで。
一晩で数名の登録解除されたりとか、スパイシーな内容を送るときはよくあります。
ときにはわざわざ、ふざけんな、と罵ってくる人もいる。
いや、マジでw
ある人は、
「なんでいつもそんなにエラそうなんだ!」
と来た。
「おいおい、そんなムカツク人間のメルマガを何通も読んでんなよww」
と思わずツッコミたくなる内容を送ってくる人もいる。
さらに驚いたのは、そんなメール送ってきておいて、登録解除していなかったので、こちらでしておいたが。
うむ。わし、親切である。(笑)
さて。
そんな中、「受胎と聖霊—親を選ぶ神秘学」の記事に関して自身の過去を省みて、号泣したという人から感想をもらった。
「書かれていた内容はとても痛い内容だったが、省みてまた前を向こうと思えた」と。
そうあって欲しいと思う。
自分の過去をみて、
卑下する必要はない。
自己憐憫に陥る必要も、
自己嫌悪に陥ることもない。
残念ながら、神秘学の内容は物的証拠を出すことはできない話が多いが、少なくともおれ自身は真実と思うことを伝えているつもりだ。
信頼する神秘家たちの見解が一致しているからって、必ず正しいとはまた言えないだろう。
そのことはわかってはいる。
しかし、神秘学の存在意義は、魂を温め、また前へと歩かせる宇宙的な智の体系だと思う。
だからおれは可能な限り、正しいと思える叡智を伝えたいと思う。
ときにそれが、人の反感を買い、罵られる内容であったとしても。
ま。そんな話さ。
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