スピリチュアルとは何か。そして神とは何か。本気で学ぶための講座やメルマガも運営しています。

♪信じる者しか救わないセコい神さま拝むよりは♪

どーも。
敬虔と罰当たりの狭間の間を小気味よく漂うオトコ、夏樹です。

年末でクリスマスやら正月も近いってなもんで、

ぽまいらはいかが現世利益を期待して偶像崇拝しちゃっていやがりますか。


さて。どうもこの時期は、スピリチュアル業界に物申したくなるようだ。

 

なんでも友人が、
某SNSで「神さまってホントにいるんかいな」的なコトを呟いたら、
スピリチュアルな方々から猛反論されたんだと。


たかが一介の女子のその程度の発言にすら、

うだうだと物申さずにはいられない。

「マジうぜぇ、かつキメェww」

と思わずにはいられないが、

そもそも随分と精神修養を積んでくれたスピリチュアルな方々です。(苦笑

世が世なら、聖戦とか異教徒相手にヒャッハー!してそうだぜ。


ほんと、
そもそもそうした物申すこと自体がすでにキモいしウザい。

大きなお世話だぜ。


いや、マヂで。


ほんと、霊性が低くね?と思ってしまうし、

霊性なんていわずとも、ニンゲンとしてどうよ。

そもそも耳を疑ったのは、

その連中に言わせると、
神さまは信じないヒトはサポートしないし、
信じるヒトはサポートするんだって。


なにその露骨な差別はwww

神様、差別主義者w


ってか、そんなまがい物の神さまなんざ、

とっとと火にくべて焼き払っちまえ。


仮にオレが神さまなら、
たとえ信仰を持たなくても、
人生に真摯に、ヒトには優しく、理性的に、自省と自制を伴って
生きてるヒトをサポートしたくなるけどな。



ついでに言えば、
ヒトからの「信仰」という精神力(エーテルバイリティ)を必要とする「神さま」
なんざ、その時点でエレメンタルだと分かるので、
「焼き払ってやるから、そこを動くな」と言ってしまうけどな。



ふん。セコい神さまが跋扈しているもんだ。


まぁ、いまのスピ系どもにゃお似合いだけどよ。


いいかい。


路傍の花は、
見つめる者が悪人であれ善人であれ、その美しさと芳しい芳香を等しく与えるだろう。


同様に、慈雨は万人の頭上に降り注ぎ、陽光もすべてのものを温め、育むだろう。


悪人、善人、信仰深き者、無神論者。


そんな区別は、一切ない。


ないんだよ。


高き方からしたら、そういうものなのだ。


その程度のこともわからず、
てめぇの「神さま」とその理解を押し付けようとする。
押し付けずにはいられない。

そんなのがうじゃうじゃとあふれるスピ業界。

まとめて火ぃつけてやりてぇわ。


「コレこそ浄化ってモンだろ。ゲラゲラゲラ(笑」とさ。


まぁ、ナニを信じるのも自由だけども、
それを他人に押し付ける、偏狭な理解で説教しようとする。


そんな程度の低いのにはならんようにな。


無神論者でも唯物論者でも。


冷静に理性を働かせ、人に優しく在れるヤシのほうが、
偏狭的な情熱に駆られた宗教者よりも、よっぽど神さまに近いのだ。


ま。そんな話さ。

 

(過去記事へ加筆修正)

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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
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