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モチベーション3.0とか欲求とかについて思うこと。

最近、昼間の仕事のヤる気がまったくないオレさまですが、ぽまいらはいかが馬車馬のごとく24時間働いていやがりますか。



そんなワケで最近、よく聞くビジネストピック、「モチベーション3.0」。先日、友人とも話していたので、ふとネタに。




カンタンに言うと、仕事についてのヤる気がどこにあるか、ってヤツだ。


モチベーション2.0

・賃金、賞与、衛生環境(上司など)、業務目的、役割等に見出す。


モチベーション3.0

・自己成長、自己実現、チャレンジ等。


早い話、マズローの欲求5段階で言うところの、「自己実現欲求」というもっとも高次の欲求で働きたい!という欲求が、モチベーション3.0だ。




さて。この欲求は進化説的であり、退化はないハズなのだが、近年のアンケート調査だと、どういうわけか、どうも2.0が増えている。端的に言うと、仕事に求めるものが「カネが一番」というのが増えている。





しかしながら、もともとこれはイロイロと問題設定に無理があったという見解もある。



基本的に「クリエイティブ」な仕事の人や公共性の高い仕事への意欲が高い人は、3.0だと仮定されていたが、作家やミュージシャンなんてクリエイティブの代表だが、しかし「売れたい」がためにいい作品を作ろうとがんばる人は多い。



つまり、従来の想定以上に、モチベーション2.0はずっとずっと多かったのだ。



もちろん、だからといって3.0が机上の空論というわけじゃない。



というより、名前は忘れたが、「十分な給与体系がある」という安全欲求(マズローの欲求段階だと低い段階)を十分満たしたときこそ、「モチベーション3.0」がもっとも持続的に継続される、という仮説が正しいところだと思う。



衣食足りたるからこそ、報酬に直結しないかもしれない仕事にも、別の喜びをもってモチベーション高く打ち込める、と。



さて、このマズローの5段階欲求はのちに、自己実現段階から自己超越段階が加わった。つまり6段階目が付け加わった。



それが、コミュニティ発展欲求だ。



「コミュニティ発展欲求」とは、自分が属する組織や地域社会、国家、さらには、地球全体など、「コミュニティ」全体の発展を望む欲求を指す。




5番目までが自己の発展に視点があっていたのに対して、利他的欲求が加わったわけだ。



衣食足りて礼節を知るように、だんだんと欲求も高次化し、ついしには利他へといたるわけだ。




人は確かに最初は自分のことばかりに目がいき、欲求も自己に基づくことがメインだ。しかし、やがて自己から他へと目が移り、自己から他へと欲求の基点が移るのだ。それは同時に、人の心の、霊性の発達でもあると思う。




ざっと社会を見回すと、未曾有の国難ということもあるだろうが、3.11以後、「絆」というキーワードが生まれたように、先進国となって格差社会と言われつつも、衣食足りたこの国においても、この第六段階の欲求というものは無視してはいけない。



というより、ますますこの段階の欲求に正しくアプローチし、満たせる商品やサービス―たとえば、みんなの未来を守ることになるエコな製品、サービス、エネルギーなど―が普及したり、発達していくことだろう。




私事ながら、このコミニティ発展欲求にダイレクトにアプローチするコトに携わっている身としても、「ふっ。時代が確実にきたぜ」とも感じているのだが。




これからは、オレさまたち一人ひとりが抱く欲求それ自体が、より高きものなくてはならないし、時代は確実にそうなっている。これからも、それは増していくだろう。




この流れに拍車がかかることを密かに願っていたりする。



ま。そんな話だ。











                     訂正 1  

   「あら、珍しく社会派な記事も書くのね」なんて思ったら、ぽちっとな。(藁

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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
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  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
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