“スピリチュアルとは何か”。その意味や方法論を探究するスピリチュアルブログ「魂の神秘学」―瞑想、瞑想方法、内省など多岐に渡って

講座サマリー

なんか最近、サマリーしかアップしてなくない?と思う今日このごろ。いやはや。ほんとにいっぱいいっぱいなんだって。w



いやー。それにしても、思うわけですよ。1回3時間の集中講座。結構しんどいんだよ、これが。もちろん参加者がさ。w



座学やって、集中力をガッツリ使う視覚化ワークやって、カラダも使うエーテル系プラクティスもやって。詰め込みでがっつりやってるんだが、音を上げずにがんばってますさ、ほんとに。



この分だと、仕上げで取り組み続けて欲しい瞑想行にもうすぐ入れるのではなかろうかと。ほかの何を忘れても、この瞑想行は取り組み続けて欲しいというものにさ。



そうすればいつか、必ず秘儀参入へと至る。たとえ今世でなくとも、来世すぐ・・・とかね。



さて。それはさておき、サマリーを。



まず、座学。今日はいか超の神秘修行の諸条件。


神秘学徒はこの道を歩むにあたり、下記のことを基本的態度として身につけねばならない。


1.心身の健康に留意。

・たとえば禁欲すらも人は1つの快楽にしてしまえる。健康とは必ずしも自分の意志で達成できるものではないが、そうあろうと努めることが肝要。

・高次の認識のために、生活環境をかえてしまうこと発想も不健全。いまいる場所で、肉体・魂の健康につとめる。

・精神と思考の健全さこと、霊的健康。それがなくては、アストラルレベルを幻視しはじめたとき、容易に幻想に堕ちてしまう。禅が仏にあいては仏を殺し・・とよく言うのは、ほんとに高次世界へと至らぬ前で、霊的世界におぼれる危険性を説いている。


2.自分を全体生命の一部と感じる。

我流でもよいので、自分をより大きな生命存在の一部と感じ、全体的つながりの中で成立する自分というものを感じるようにする。自分という生命は、他の様々な生命の供犠なくしては存在しないのだ。


そしてより大切なのは、128pの犯罪者の例にもあるように、より具体的に、不快感を抱きかねない対人関係性においても、この感覚を覚えられるようにすること。対自然生命においてこの感覚は容易だが、不快感を覚えかねない対人関係においても、この感覚を抱けるように努める。


そうすると、自分が抱く「欲求」が次第に、相対的利得(利己的)なものから、全体的利得(利他的)なものへと変化してくる。


3.自分の思考と感情が、世界に対して<自分の行為>と同じ意味を持つという立場に立つ。


・自分ひとりの内的世界の純化が現実的なこの世界を善きものにしていく一助になる。そう信じられるように、研鑽に努める。


4.人間の本質は内面にこそあるという観点を得ること。

・人間は環境の所産であるという唯物論的な思考からの脱却。自分を霊的存在であると感じ、環境に左右されない内的あり方は意志の力で達成できると理解し、努める。


・また外界を無視していいというわけではない。そうでなくては、自己の内面だけを見つめて、外の意見を取り入れず、意固地な性格になるだけ。

・外へ心を開き、同時に自分が正しいと考えるあり方を模索し、その中庸に在ることを努める。中庸とは、キリスト=理性の力で達成される。



5.決意したことは実行する。

・結果よりも継続こそが肝要。なぜなら結果に拘泥するということは、たとえ善なる目的であったとしても、結果に固執することで我欲にとらわれることになる。天界からみてそれではいただけないのだ。



6.自分に向かってくるすべてえの感謝。


・我々ひとりひとりがこの世界に存在するということは、どれほど多く要件が満たされなければならないのか。自分はどれだけを負い、また他の人々に負っていることか。おおくの供犠の存在を理解することは、我々の慈悲心を養う。


・慈悲(愛)とは高次(霊的)認識を高める上で欠かせない。どんな存在も愛がなければ、自らを語ることはない。よきカウンセラーとは愛にあふれたカウンセラーであり、それゆえにクライアントは自己を開示する。


・我々が霊的に認識する対象が自己の秘密を開示するのも、我々の霊的まなざしに慈悲が宿ればこそ。このとき初めて本当の秘密を認識対象は開示する。


7.以上6つの条件を人生を過ごす上での基本的態度とするように努める。

・困難であっても、決意と継続的意志がすべてを支える。



座学は、以上だな。



続いて、アストラル系プラクティスということで、ピラミッド型の霊的フィールドの構築、その中での大天使へのアチューンメント、 五芒星・六芒星を組み合わせたプロテクション・フィールドの構築の練習。


なかなか、イメージを視覚化して維持し続けるのは困難なようだな。が、これを可能にしてくるのが記憶力をはじめ、思考や意志の鍛錬だ。1つのイメージに集中し続け、雑念を配し、フィニッシュまで継続させる。


その後、気功を中心としたエーテル系プラクティスの練習。気功の種類も増えてきたな。もう少しだけ増えると思う。といういつもの一連の流れだ。



足腰の鍛錬にもちょうどいいので、男性はできるだけ腰を低く保てよ。ww


今回は、記憶の進捗を確認する時間を取れなかったが、また行うのでサボらないようにな。w



こんなところ。



ま。そんな話だ。



                     訂正 1  


  「やっぱり課題量、多いけど、あたい負けないから!」と思ったら、ぽちっとな。(藁


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  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(18/06/01)
    >たかメイ へぇ、おもしれぇな。 そのじっちゃんがどういう意味で言っているのかちょいとわからんが、 アストラル界を超えて、コーザルまでいくと、もう光とかじゃない。 「光」ということは、反対の「暗い」があるだろ? それは相対性領域であることを意味しているんだ。 相対性を超えると、 今度はなんというか、意味・概念の世界の入るのよ。 そこまで行ったら確かに本物というかガチで一人前だ。(笑)
    » 「復活の呪文」で復活した物語【スピリチュアル成功哲学あるいは法則】
  • User Avatar たかメイ さんより(18/06/01)
    失礼いたします。ちょっと質問させて下さいませ。 スピ系のワクワクキラキラ系は、よく「光ってください!」と言います。 アストラル界はこの世の光とは比べものにならないほどの眩い光を放っていると夏樹さんのブログで読みました(RGB)。 そ、そんなに眩しいのか!と思いましたが、 二年前にある方のセミナーに行ったとき(75歳くらいのおじいちゃんが講師)、「本物はもう光ってない。」とおっしゃってたんです(そのおじいちゃんは昔のある時期、暗い部屋にいて電気を付けなくても大丈夫なほど光っていたそうです)。 その意味がまったくわからなかったのですが、 アストラル界は眩いほどに光ってるけれども(魔術)、メンタル、コーザル界まで行くともう光は無いのでしょうか? だとしたら、そのおじいちゃんはもうアストラル界を超えてしまっていたとか、脳波はデルタ派なのだそうです。
    » 「復活の呪文」で復活した物語【スピリチュアル成功哲学あるいは法則】
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(18/05/23)
    ははっ。この復活の呪文は自分の望むべき、在るべき状態へと「復活」することを企図するものだな。笑 まぁ別にカネがかかるものでなし。 未読なら読んでおくといいぜ。 いつか役立つかもよ?
    » 「復活の呪文」で復活した物語【スピリチュアル成功哲学あるいは法則】
  • User Avatar shin さんより(18/05/23)
    カセットの内臓バッテリーが切れてセーブデータも消えてしまった「Ⅲ」状態(笑)の自分ですが、今回の記事は興味深く拝見させて頂きました。メルマガやブログ記事に「復活の呪文」との記載があったのは存じてましたので気にはなっていましたが、「まだその時ではない、そんなに酷い状態には陥っていない」と自分に言い聞かせてスルーしていました。ですが、これはそういうものではなかったのですね? 今は棺桶に入ったまま勇者の後ろに引っ張られているかの様な実生活を送っていますが、よく考えてみたいと思いました。 Ⅲに復活の呪文を入力する裏コマンドとかあったっけ...↑↑↓↓←→←→BA...
    » 「復活の呪文」で復活した物語【スピリチュアル成功哲学あるいは法則】

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