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メルマガ【魂の神秘学】VOL.13「 心身の浄化について」

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■VOL.13「今号のコンテンツ」
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・心身の浄化について
・心魂における火の瞑想
・編集後記

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■心身の浄化について
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はい、どーも。


GW、ぽまいらはゆっくり休めたかい?
イベント盛りだくさんで遊び倒したかい?


「サービス業にそんなもんねーよ!!」と働きづめだったかい?


なにはともあれ。


さぁ、次は夏の盆休みの到来を心の支えにがんばるとしようか。


さて。
今回は、心身の浄化についての話と、
そのメソッドとしての《火の瞑想》。


少々、すぐに脱線するきらいのある本メルマガだが、
一応全体的な柱としては、「ヒーラー」として役立つことを学びたい、
「スピリチュアルな学びをトータルに進めたい」という人々に対して、
益のあるように書き進めている。



それが方針なわけだ。


で、ごくカンタンにヒーラーとして、
エーテルを取り扱うための基本的な取り組み方なんかも多少触れた。


この方向で、さらに推し進める前に、
まずは、
もう少し「自己の浄化」というものを進めていきたい。


世の中には、アチューンメントして伝授で
「はい、あなたもこれでヒーラー、ジャストナウ!」
みたいな即席ヒーリングが結構ある。


インスタントラーメンみたいにお手軽っつーか。


まぁオレさまは、そーゆーのには、
基本的に距離を置かせてもらっている。
んーなことせんでもDNAは元気っつーか。

まぁ、そのへんはケチをつけると長くなるので割愛しよう。(笑


ただ、
誰だって予想つくと思うが、
汚れた水の入ったグラスがあって、
その中にどんないい水をプラスしても、
グラスの中の水は濁ったままだ。


そんなグラスの水を「飲んで!健康にいいわよ!」と言われても、
ごめん被りたいだろ。


今、世の即席ヒーラーがやっているのは、
そういうことだ。


自分自身をきちんとクリアにしないまま、
カンタンにヒーラーを名乗っている。


ちなみに、伝統的な気功では、
この自己浄化にあてる期間はそれこそ数年単位が普通だ。


それほど、「浄化」というのは時間がかかる。
他者を癒せるだけのエネルギーを扱えるようになるのも、
時間がかかる、ということなんだ。


では、
具体的にどんな自己浄化をすればいいだろう?
こっからが、ある意味このメルマガの価値のひとつだな。
できるだけカンタンで、
わかりやすいメソッドを提供したいと思う。


エーテルを扱う訓練もいいんだが、
心魂の浄化もまた大切だ。
~~~~~~~~


自分の思考がネガティブであったり、
心の中に薄汚れた欲求や感情が渦巻いていたら、
当然、他者にヒーリングをしても、
心から生じる邪気だってのっかる。


サビて汚れた蛇口なら、
どんなきれいな水だって臭くなるというものだ。


なので当然、
思考・感情(心)の中から、邪気をはらうことは、
ヒーラーとして非常に重要になる。


ところがまぁ、
世のヒーラーたちときたら、
そのプロセスのすっ飛ばしていること、
すっ飛ばしていること。


オレさまはね、
神秘学の知識やヒーリングの“メソッド”、
そして霊性の進化に必要となる多種多様な瞑想法のなんかは指導できるよ。


でも、「ヒーラー」を名乗ることはまぁねぇな。
魂のセラピストたらんとはしているがね。


オレさまが自分で課しているあるレベルをクリアするまで、
「ヒーラー」を名乗ることは、
これからも当面ないだろうぜ。


まぁそれはともかく、心魂の浄化は、ヒーラーを志す、
あるいは名乗っているのなら、
当然日課のように努めるべきだ。


日々の内省も、重要だし、
心魂の浄化には非常に効果があるのだが、
せっかくなので浄化に特化した瞑想法にも触れておこう。




・・・続きは、コチラ。









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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
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