スピリチュアルとは何か。そして神とは何か。本気で学ぶための講座やメルマガも運営しています。

ふと、道が見える瞬間

ガラにもなく進行方向についてうだうだと悩み続けていたオレさまだが、思わず、ふっと方向性に確信をもって、キュピーン♪と目を光らせつつ「ものどもっ! こっちだ! 面舵をとりやがれ!!」とハーロック気分でいやがりますが、ぽまいらはいかが右往左往していやがりますか。



しかし。なんでハーロックはオレさまと双子のように似ているんだろう・・・。
不思議だぜ。(藁



さて。オレさまの悪いクセだが、悪い意味でオレさまは「自力的」だ。修行癖の影響かもしれん。この顕在意識の思考、打算に基づいた計画などは、どうせ潜在意識とはかけ離れている。カルマの顕れについても考慮しきれない。にもかかわらず、目の前にある「結果」に執着し、コントロールしようとする。あるいは予め設定した初期目標(結果)に拘泥しすぎる。



ここで。霊学的には、古くせぇ言葉で言えば人事を尽くして天命を待つとか、すべてを上に任せる「他力」の考えにしっかりとシフトできなくてはならない。今やれること、すべきことのベストを尽くしていれば、結果だの最終的な方向だのは上が采配するものだ。



打算的な意図やら妄想的願望を混在させちゃぁいけねぇな。カルマ(原因と結果)において、オレさまたちがすべきことは、良き意図―つまりは良き原因―をインプットしていくことだ。結果は自ずとついてくるものなのだろう。



こうして改めて文面にして見ると、古くから言われてきた箴言的なもんばかりなので、苦笑せざるをえない。学んできたつもりで、いかに単なるつもり、であったことか。迷い、葛藤はすべからく魂の滋養となる。人生で出会うすべての事柄に「幸せ」や「感謝」のみを感じて生きていけるほど、高度な魂でない以上、人生で遭遇するさまざまな葛藤や困難によって、魂を磨くしかない。



ぶれることなく、再び前進しよう。今、オレさまの足取りに、迷いはねぇな。



ま。そんな話だ。

【特典つき!】メルマガ登録

 

メルマガ「魂の神秘学」は、

神秘家:加藤夏樹 が、ガチに本物の神秘学の探究を進めます。

本物のスピリチュアリティとは・・・?

と、真摯に問う方の登録を夏樹がとっても楽しみに待ってます!

 

登録はコチラから☆

 

メルマガ魂の神秘学は、

登録特典としてPDFブック
「神秘学ベーシックテキスト」
プレゼントしています!



>>こんな方はぜひ!

・本質的なスピリチュアルを探求したい。
・スピリチュアルで本当に大切なコトを知りたい。
・ヒーリングの基礎的なコトを知りたい
・ヒーラー向け基礎スキルを知りたい
・スピリチュアルの基礎を学びたい
・ちょっと本格的なスピリチュアルも知りたい



【Contents】

はじめに-最高のヒーリングの話

【内省編】
1.内省の効果として-内省で生まれ変わった男の話
2.理性で、潜在意識という畑を耕せ!
3.瞑想と内省との違い
4.基礎的内省の実践
5.内省の必要性としての補講

【ヒーリング編】
1.エーテル(気)を感じることから始めよう
2.エーテルの機能について1
3.エーテルの機能について2
4.エーテルの機能について3 基礎的プラクティス

【エソテリック・プラクティス】
1. 秘教のスキルとして霊的防御フィールドの構築
2. 1本の赤い薔薇を


【ヒーラーに向けて】

1.魂のセラピストたれ

登録はコチラから☆

 

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA


特別講義

おすすめカテゴリー

MYブックマーク

最近のコメント

  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
    » この世に何を遺せるのか

ブログをメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

RSS

twitter