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ダメなときほど・・・・

今日はちょっと最近読んだ本の紹介。



「ダメなときほど運はたまる」。



著者は、萩本欽一。あのきんちゃんだ。



オレさまはタレントとしての彼はぜんぜん面白いと思えなかったのでまったく興味なかった。しかし、一部では彼はフシギな思考をする人として有名だったのだな。




密教系の知人に勧められて読んだ。



これがなかなかおもしろい。基本的にオレさまは「運」という概念は否定している。金運とか結婚運とか。そういうのは、「カルマ」の概念で考えるようにしている。



このきんちゃんはいわゆる運というもので考えているがねどういう思考・言葉・行動で生きていれば、運がよってくるのか、と。



オレさまの場合は、彼の「運」のところをカルマ=原因と結果の法則と脳内で置き換えて読んでいたが、そう読むと、いわゆる最近の「引き寄せの法則」とすべてでないにせよ、ほとんど合致するなぁと思いつつ、読めた。



彼は自分の人生とその観察、実践からそれを体得していったのだから、なかなかだ。っていうか、きっと、「引き寄せでほとんど効果がでなかった」という人には、これをすすめる。



何がいいって、「波動が高まる」思考パターン(言葉)を体得していくコツみたいなものがわかる。



ところでおもしろいのは、彼は野球がシロートであるにもかかわらず、チームの監督をして、優勝に導いている点。きんちゃんの持論だと、「イチローでさえ打率は3割。つまり野球は運のスポーツなのだ」と考え、自分の選手の運のマネージメントをする、といって実践して優勝してしまう点だな。



こいつは今日は打ちそう、とか、決勝戦で活躍して欲しいから今日は運をつかわせないようにしよう、とか。



とかく運というものに関して、なんとも面白く、また実践しやすいヒントをたくさん提供してくれる。そして何より良いのは、「人に優しくなれる」視点で彼の運に関するシステムは構築されている点にあるだろう。




簡単に読み終えて、意外なほど得るところの多かった本。



どんな分野であれ、上り詰めた人というのは、何かをおもしろい点をもっているもんだな。



ま。そんな話だ。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


はいはい。そんなワケで。オレさま主催の『神秘学講座 基礎編』の案内だ。


↓ここ見ておくんなまし。参加してみっか、という奇特なヤシはどうぞ。


第一期受付は2月いっぱいまでです。


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☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


                     訂正 1  



せっかく来んだから、押しておけって、コレ。(藁↓
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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
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  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
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  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
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