ぢつは働きもの?
はい、どーも。7つの大罪のうち、「怠惰」が一番自分の強敵ではなかろうかと長年信じていたぼくちゃんですが、ぽまいらはいかが座右の銘は「無為徒食」でいやがりますか。
いやはや。
そんなわけで何もしないヒマ最高!と信じてはいたものの、学生時代から二足、三足のワラジは当たり前ってなもんで「欲しいモンはなかなか与えられんのぅ」と思っていたものだが。
あ、さて。
どーも、うちのたまこに言われて「やっぱそうなのかなぁ」と思うことに、仕事がヒマで定時あがりをしたときのほうの疲れのほうがクマがひどい、と発覚。忙しくしているほうが単純に「ふぅ疲れたぜ♪」とスッキリしているようなのだ。
もともとカラダはさして丈夫ではない―というかスタミナがない―ので、どっちにしても疲れて帰ってくるのだが、ヒマなときのほうが、よりしんどそうなのだ。
うーむ。超ヒマで―振り返ると天国じゃねぇか!とよく言っていたw―飛び出した某社団法人もあり、もしかしたら、「意外とボクちゃん、ぢつは働きものなんじゃね? テヘッ♪」なんて思ったりしている今日このごろ。
まぁそんな自分の性質と関係あるのかないのかわからんが、将来的にやりたい副業(?)としてコツコツ準備に余念がないのが、習い事系だったりする。
いやな、太極拳とか気功とかカラダを動かす系のものと、自分以外にも講師を企画・講座ごとに招いての座学・学問・カルチャー系。
とどのつまり、「健康づくり・生涯教育」モンをやりたいな、と。(神秘学講座も将来的にはここに組み込んでいこうかと。)
もちろんそんな大それたモノではないので、小さな文化系サークル、コミュニティー運営のノリだけどさ。
じじばばも多いの世の中だし。カラダのアタマの健康づくりモノは「コミュニティ」の中心に置くにはいいかな、と。
通常のカルチャーものより、所属者「交流」をより意識したモノにして、まぁ地域活性と独りモンの孤立を防ぐという水平方向と、若年層~高齢層の縦軸の環流を図ろうという狙いモノ。
何かを「学ぶ」というのは、もっと正確に言えば、こうした交流を作るための媒体としての位置づけだな。
オレさまも、まぁなんだかんだと、オレさまも40の足音が近づいてきているわけで。そろそろ、より自分の手に届く範囲で、通常の仕事以外にも社会貢献的な意味での仕事をしておきたいな、と。
柄にもなく思ってしまうわけだ。
まぁそういうモンの運営となると、さすがに神秘学講座ほど廉価にはできない面も生まれてくるだろうが、年金生活者にもアプローチして参加していってもらいたいと考えているわけで。そこはなんとかしてみたいところだ。
極論すれば、自分があったらいいのにと思ってたタイプの「市民講座」と「コミュニティ」の融合版なんでさして珍しいモンでもねぇ。
ただ人生80年。
折り返し後も、てめぇも楽しめる場を今から作っておくか(藁
というだけのこと。
もちろん、「あたい、こんなスキル、知識、経験、特技がある!」というヤシは、いずれ協力してくれよ。
通年講座から単発企画まで、よりあい持ち合いで、作っていけたらおもしれぇだろ。
てめぇも楽しみつつ、多少は小遣いを作れたり、他の人に喜んでもらえたり、世代間を超えた交流ができたり。生涯学ぶことを中心に、そんな楽しい帰属意識を持てるコミュニティがあれば、いつまでもいい意味で「社会参加」を楽しんでいけるのではないかね。
そんなことをライフワークのひとつに―。
そう構想する。
ま。そんな話だ。
「卒業するときは老衰で死ぬとき。そんな学校もいいかもねw」と思ったら、ぽちっとな。
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