スピリチュアルから考える「自分の人生を生きていないとき、人は病気になる」という意見。
この記事では「病気」は「心」から生まれる理由について考えます。
・心と病気は密接な関係がある。
・心の在り方が病を生む。
・スピリチュアル(神秘学)でも病気の原因と心の問題を重視している。
以上について理解が深まります。
Contents
スピリチュアルな視点から「病気になる人」について考えてみた
本章では、『病気の原因は心に在る』という見方に大筋で同意できると記しています。
どーも。なつきです。スピリチュアルと病気とスピリチュアルな関係を考えるシリーズです。ちなみにこの記事で言うスピリチュアルと健康の文脈的定義は、厚労省とWHOの言うところのSpiritualityです。
わりと人気とか需要が高いようなので。それで、この記事シリーズは改めてこの記事を書こうと思ったら、タイミングよく良い記事がプレジデントオンラインにあったので、引用しつつ進めたい。
そこで結論から書くと、「病気と心の在り方」は深い関係性がある。また病気は、抑圧された心の表面化である、ということが、引用記事のメンタルトレーナー梯谷幸司さんの仕事を通した実感である、というこ。そしてこの見解は、人間構造を肉体だけでなく、アストラル体やノエティカル体といった霊的身体を視野に入れる神秘学的視点と、非常に親和性が高い視点だと思う。そのことについて、以下詳細を見て考えていこう。
さて、初めての方もいると思うので、ちょっとここらで自己紹介も入れておきます。
病気と「心」の関係
ここではメンタルトレーナーを本業とする梯谷幸司さんが気づいた病気と精神状態の関係性についてまとめます。
ひと言で言うと、病気は自分の心の状態であり、自分の心が作っているという気づきです。
さて。まずここで、メンタルトレーナーを本業とする梯谷幸司さんの記事を引用して検討していこう。(メンタルトトレーナーとは?こちらより。)
引用元:「プレジデント オンライン」
https://president.jp/articles/-/18207?display=b
以下、「」内が引用文。
「初めに病気と言葉の関係に気づいたのは、自分自身の体験からでした。まだコーチングの勉強を始めた新人の頃、忙しさのあまり、過労からマイコプラズマ肺炎になって入院しました。当時の上司がお見舞いに来てくれたときの言葉は忘れられません。開口一番、「君は何を言っていないんだい」と聞かれました。突然で面食らいましたが、「休みをください」と返しました。すると、上司は「人は、口で言えばいいことを、体で表現する。次回からは体でなく口でそれを言いなさい」とだけ言って帰っていきました。その後、私のマイコプラズマ肺炎は医師の予測よりずっと早く治りました。この体験がきっかけで、私は病気と言葉の関係に注目するようになったのです。」
これは秀逸な気づきだなと思った。この世界の創造の原理は、あくまでも神秘学的視点だが、物質界より上位の世界に生じているものが、下位世界へと流出して起こる。プラトンのイデア論やプロティノスのネオ・プラトニズム的な世界観だ。これを総じて「流出論モデル」と言われる。神秘学は基本的にこの世界観が背景にある。「思考は現実化する」のフレーズで有名なナポレオン・ヒルや、彼に限らないが、こうした創造の仕方は、この流出論の仕組が宇宙に存在しないと、実は成立しない。それほど重要なコンセプトだ。
そして実はこの考え方は、人体と病気の関係でも同様なんだ。過去世からのカルマはおいておくとして、基本的にはより上位の世界(霊的世界)において、まず病気の原因を作る。これが三次元まで流出(反映)される、ということ。
この引用文のメンタルトレーナーさんは、自分が抱く言葉=「自分の本音」を無視していることが原因としている。つまり「アストラル体」において生まれている想念に着目したということに等しい。彼は、口をとおして外に出されない言葉(思考・想念・感情)は、ネガティブな意味でとても大きなパワーになっていると気づいたんだ。
さらに彼は、膨大なクライアントとの対話を重ね、気づきを増やしていく。
「これまでに、乳がん、子宮がん、大腸がん、認知症、パーキンソン病、不妊症、学習障害など、さまざまな悩みを抱える人々に会ってきましたが、彼らに共通していることがあることに気づきました。「誰かに何か言っていないことがある」「許せない人がいる」「受け身的な解釈をする」「原因を外に求める」などです。」と。
みんな、自分の本心を無視しているのではないか、と注目したんだ。こうして人はネガティブなパワーをため込んでいってしまう、と。
自分を生きるとは?
病気は自分の心が生み出すのなら、心の状態、物事の考え方を変えてもらうことで病気は治るのでは?という仮説についての話です。
だからこそ彼は自分を生きることの大切さに気付いていくわけなんだけど、自分の人生を生きるってさ、別に何を自慢したり、権威ある仕事について自己満足したりすることじゃない。究極は、自分の喜びとなり、かつそれが人の喜びにもなるということ。
家族のためだ、くいっぱぐれたくないとか、そうやって我慢をしているうちは、無論、心は悲鳴をあげる。とはいえ、好きなことを仕事にするなんて難しい。誰もができるわれじゃない。しかし、ここも意味が違って、人間は何を行うにせよ、意味づけ、解釈は変えることができる。
これは神秘学とも共通している点だが、自分の稼業が「だれか他者に役立っていると実感し、そのために誠意をこめて日々努めること」ができるマインドを養うことを大切にしている。もはや神秘家が社会から隠棲して、自分や仲間内だけで修行して成長する時代ではないのだ。自分の稼業が世界において果たす意味を探り、そうあれるように意味づけをかえること。こちらのほうがより重要なのだ。
この意味で初めて職に貴賤なし、が成立する。「どんな仕事でもこの宇宙において役立っている」という、ルドルフ・シュタイナーが神秘学徒にとって重要だとする魂の感覚が生まれる。
さらにメンタルトレーナーはいう。
「病気も同じことです。成し遂げたいことがあるから病気を治したいのか、ただ病気を治したいから治療をするのかで、回復の程度もスピードも異なります。病気は、「自分が本来あるべき人生からズレているんだよ」と知らせてくれるサインであって、敵や怖いものだと感じる必要はありません。病気からヒントを得て、考え方をシフトしてみることで、体調だけでなく、人生にも変化が起きるかもしれません。これまで、実際にそういう人をたくさん見てきました。一般的に、病気、特に慢性的な疾患についてはその原因を生活習慣などに求めますが、私は、その人の潜在意識を探ります。」
実際に、そうやって自分の仕事や日々の在り方の意味づけ、考え方を変えていかないと、結局「自分の人生を生きていない」状態となってしまう。自分で自分を抑圧してしまうのだ。
そこで彼はさらに潜在意識もさぐるという。その手法は禅を利用していたり、NLP(神経言語)、LABプロファイルとやらからカウンセリングの技法など実に多様なようだ。
すげーなーと思ったのは、根気強く、認知症の方にも対応し、隠された本音を引き出していくところにあるようだ。このプロセスを続けると、面白いこともわかるようだ。
少なくとも彼が接した認知症の方すべてに共通するのが、人間関係、家族関係の問題がある、と。「もう夫の世話はしたくない」とかね。(笑)
病気は自分でやめられる
神秘学的にも「病気は自分でやめられる」という話に同意できるという話。
詳細は上記引用元の記事を読み込んでほしいが、結論的には、彼はいう。「病気は自分でやめられる」と。おれもこの意見に賛成だ。詳細は読むとわかるが、彼は未解決の感情の問題をあらわにして、言葉にする。そして何より重要なのが、
「「自ら前に進んでいる」という感覚を得ることができるようになります。実はこの感覚こそが、実際に目標が実現するかどうかよりも重要なのです。ある日、私のクライアントが「私、この病気でいることをやめることにしました」と言ってきました。彼女は病気は自分で作るもので、自分でやめることもできるのだということに気づいたようです。進行がんの患者だったのですが、それから3カ月ほどでがんが縮小して、最終的にがんが消え、主治医も驚いていたそうです。」
という点だ。
スピリチュアル的にいえば、アストラル体に根付いていた、感情の不和=アストラル体の機能不全が、解消されたのだ。このとき、この霊的な上位の身体は健全な働きをエーテル体と脳に対して投影する。霊的に上位体の健全性は、次第にエーテル体と肉体に反映されていくと考えられる。
とくにアストラル体は肉体よりずっと、そしてエーテル体よりも「柔軟」だ。意志と思考で働きかけることができ、そして反映は早い。内観を続けていたら病気が治ることが多々あり、内観療法というものがある。内省でも同じ現象が確認されている。
それはより深くいえばカルマの解消が起こっているからだが、もう一つの次元では、想念(アストラル体)の働きが健全になったことで、病気の原因が除去されたと考えることができるのだ。だから、「自分の人生を生きていないとき、人は病気になる」というのはスピリチュアルな視点からも正しい見方だとおれは思う。
そしてさらに、その病気の背景にある、隠された言葉(本音)は何かという点にも気付き、それをやめるという選択もおれたちには可能なんだということを知っておきたいものだな。
と、今回はそんな記事でしたとさ。
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