スピリチュアルとは何か。そして神とは何か。本気で学ぶための講座やメルマガも運営しています。

あなたが得られるのは、たった“1つの力”です

はい、

どーも夏樹です。

講座のコトで質問が来たので

お答えします。


―――――――――
「色々と教えてくれる

みたいだけど、

特徴がよく分からない。

受講者はどうなれるの?」
―――――――――

なるほど。

そう感じられるのも、

よく分かりますな。


確かに、

オレの説明もよくないかもしれない。


○○ヒーリング学習セミナー


とか言うほうが、

何をするのかよく分かるし。


でも、あえて言いませんし、
しねぇよ。


だから、

はっきり明言しようか。


この講座を通して、


「あなたが得られるのは、

“たった1つの力”です」


と。

 

実は、

「ヒーラー」を育成する講座。


それが神秘学講座なんだ。


そう思ってくれるのが、

一番誤解がない。


今、スピリチュアルな業界って、

ほんとに色々サービスが

あるじゃん。


○○ヒーリング講座、

○○セラピスト養成講座、

○○チャネリング、

霊能開発、

スピリチュアル・カウンセリング、

チャクラ開発で開運etc…

 

でもな、スピリチュアルって、


究極的には、

ホントの意味で悟って、

この世界を超えていく道を歩くことなんだ。

 

スピリチュアルな道は歩むって、

そういうことです。


そしてそれは、

自分や、

自分の隣、

そして少し後ろを歩く同胞・・・


そんな誰かを癒す人になる

ということと同じなんだ。


役に立たない慰めをするより、

実際に癒せる医師になれ。


そう喩える導師もいた。


体を癒すのか、

心を癒すのか。

魂を癒すのか。

叡智への渇きを癒すのか。

そして人生を癒すのか。


それはときに、

ヒーリングのスキル

が必要だったり。


ときに、

魂を解放する瞑想だったり。

 

経済的な困難だったり、

社会的不遇だったり、

そんな境遇からは、

原因と結果の法則、

極性の法則など、

多様な霊的法則への理解が、

癒すことがあるだろう。

 

だから、

全方向の学びが必要なんだ。


おれはそう習い、

学んだ。

もちろん、自分の人生での反映でも未熟なこともある。

だからその意味で、おれもひとりの学徒だ。

 

いっしょに学んでいくという関係性で、

この講座は運営される。

 

 

そんなこの講座で養われるのは、

たった一つの力と言おう。


それが、

“癒しの力”

だということ。

スピリチュアルな学びを通して、

自分や他者を癒していける。

自分や他者の心を、魂を、そして人生を。

そんな知識を学び、力を育んでいこう。


そんな風にお互い歩んでいけたら

いいと思う。

 

ま。そんな話さ。

 

 

 

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コメント

    • なが
    • 2015年 10月 04日

    …そうだったのか…∑(゚ω゚ノ)ノ

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最近のコメント

  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
    » この世に何を遺せるのか

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