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波動をあわせるコト

はい、どーも。オレさまです。



さてさて。古くからこのブログにきているヤシらはよく知っていると思うが、オレさま、天使のメッセだのなんだのを垂れ流すチャネラーとやらは、ほんとに好きじゃない。



脳内会話を垂れ流すのが多々いるな。



高次存在とほんとに対話しているのなら、「高み」へと目を向けさせるような崇高な波動があるのだが、どうもそういうのとであったためしがとんとない。



そもそも、ほんとに高き存在とチャネっているのか、ほんとにギモンだ。



世の中には、チャネリング講座、スクールもあるようだけども。



まぁね。オレさまのところでも、多少はやるし、最近始めたが、まず取り組むのは、「波動をあわせる」=アチューンメントというものを基礎から取り組むんだ。



その際、たとえ「ミカエルと波動をあわせろ」と言ったとしても、ミカエル存在についての理解をしてもらった上で、「自分の体内」に宿り、機能している「ミカエルと呼ばれる力」に波動をあわせるようにレッスンを進めている。



いきなり、どこか遠い霊的宇宙(?)にいるナニガシさんと合わせようとするなんて意味不明だ。何より、自分の中で働き、機能している天使的存在とアチューンメントできないのが、他の高次の霊的存在と合わせられるわけがない。



何より、もっとも身近な高い波動というものに触れ合い、理解しないのに、「ほんとに高次の霊的存在なのか」感得できるハズもないのだ。



よく言われるように、人間とは小宇宙だ。



この身体・心魂には、宇宙のすべてが宿っている。そして高き世界の眼差しそれ自体が向けられている。



自身に目を向けて、高きものへとつながれない人間に、遥かな高みへと目を向ける資格さえないのだ。



どんなことも、自分の足元からすべては始まる。



ま。そんな話だ。





                     訂正 1  




 うぉい、押さずに帰る気か、貴様。(藁↓
                        

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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
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