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講座4回目サマリー

はいはい、最近投稿がへってるオレさまです。とりあえず今日のサマリーはなんとかかんとか。



ようやく3時間部屋がとれるようになったのだが。そんな3時間コースにもかかわらず、風邪っぴきでグダグダでへろへろ。w 今日講座を休んだ人も体調不良が多かったようで。まだまだ風邪が流行っているようなので、ぽまいらも注意してくれよ。



さて。宿題関係について先に。


講座は、3月は26日の1回だけ。「記憶力」の課題は、3つ目までを暗記しておくように。



魂の6つの行は、引き続き2月いっぱいは「意志」を継続。3月になったら、「意志」を継続しつつ、「感情」の行に取り組みはじめてくれ。



具体的には、一日のうち、1~2時間でいいので、「何があっても平然としていること」。喜怒哀楽、どんな感情が激しく生じても、静かに微笑を浮かべているような、泰然とした態度をとって欲しい。



ムカつくことをいわれても、歯痛があっても、ただ静かに平然と。



ただこのとき、いたずらに「がまん」するのではなく、湧き立つ内面の感情を客観的に観察するように。そして自分が今、何について、どう感じているのかを意識するように。感情の観察こそが目的。おけ?



では、講座のサマリーを。


まず座学。


内的平静の章にはいったな。


・神秘学を学ぶ上での諸規則について
 
 神秘学を学ぶ者は、―とくに師は―規則を通して他者を支配したり、その自由なる意思決定をコントロールしよ うとしてはならない。独立性を尊重し、自由のもとで学ばなくてはならない。


・1日のうち、わずか5分であっても日常を離れた特別な時間を持ち、正しい仕方で学ぶなら、5分であっても充分な 効果を得られるということについて。

 シュタイナーの有名な5分ってヤツ。霊的世界観、緒法則を知り、特別な時間を持つならば、わずかな時間であっ ても、繰り返すことで充分な効果を得られる。
 

・体験から得られる意味が、神秘学を学ぶ前と後では、意味が違ってくる。
 
 基本的に我々は自分の経験から学ぶとき、一般的な意味での世界観に基いた知識に基いて判断している。しかし 、霊的世界観、知識を得ることで、かつての経験の意味がより豊かになってくる。とるに取り無いと思っていた 経験からも豊かな意味を引き出せるようになってくる。
 それは、霊的なことを学ぶことで、本質的なことと非本質的なこととの違いがわかってくるからである。



大切なところはこのあたりかね。みんな、またじっくりと本章を読んでおいてくれよ。


続いて、イマジネーション認識とインスピレーション認識の簡単な違いを話したあと、インスピレーション認識の初期的な練習に入っていったな。



インスピレーション認識とは、単に観る(霊視)ことを越えて、霊的読解をすること、意味を読み取ろうとする認識行為だ。姿形が見えても、意味を読み取れなかったら大切なことは何もわからない。



そこで、その練習の一つとして、まず傾聴(の前段階)から入っていった。



何も意識設定をしないで人と話すときと、相手のハートを意識して、「あなたのことを教えてほしい」と意識してコミュニケーションをとったときとでは、自然と話し方も異なってきたと思う。



で、すまん、講座では言い忘れてしまったが、あの相手のハートを意識しての対話方法は、「ラ・ポール」と呼ばれる心理的同調、信頼関係を構築するための対話方法なんだ。



ちなみにフランス語で「橋をかける」という意味だそうだ。まぁ対話相手との間に橋をかけるということで、イメージはつきやすいな。



今回は1回目ということで、わりとシンプルに取り組んだが、ほんとはもう少しいろいろとテクニックはある。あるんだが、そこまでテクニックに走りたくもない。本質はそこじゃない。あくまでも、相手(対象の魂)を読み取ろうとしていくための一つの訓練なので。



あ、ちなみに。



こちらも言い忘れたけど。今回、お隣の席に座った相手。こういう取り組みに最適な―良きにつけ悪きにつけw、つまり学ぶべき点があるということ―「鏡のような相手」が隣に来ている。そういうもんだ。(藁




このあとは、例によって気功の練習。何か一つの気功を長時間行うよりも、



邪気抜き→補気→練気のプロセスを1回の練習で行っていくほうが短時間でも効果的ってなことで、複数の気功を組み合わせています。今後もう少し種類は増える。



で、みんながそれなりの気感、とくに集められた気の感覚、体内を移動する気の感覚がわかるようになってきた頃、ガラリと功法を変えていく。



当面は、エネルギーワークのとしての気功は、身体の気の浄化と、気を貯めること、そして練って良質の高いエネルギーの気にしていく練習をする。



このプロセスを続けることで、「人様にヒーリングをしてもいい、クリアなエネの身体」にいたり、「人様にヒーリングをしてもオッケーなほどエネルギーを蓄えた」状態になり、気の感覚ととコントロールを体得して「人様にヒーリングできるスキル」を体得していく。



とりわけ、まずは自身の浄化と気の感覚とコントロールを養うことを目的としている。



んーなところ。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


はいはい。そんなワケで。オレさま主催の『神秘学講座 基礎編』の案内だ。


↓ここ見ておくんなまし。参加してみっか、という奇特なヤシはどうぞ。


第一期受付は2月いっぱいまでです。


神秘学講座 基礎編 参加要綱はこちら


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


                     訂正 1  



せっかく来んだから、押しておけって、コレ。(藁↓
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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
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