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霊的な認識とその方法

はい、どーも。オレさまです。



今回は、霊的認識方法についてつらつらと。



講座では、最近とくに、霊視より一段先にある霊聴の前段階として、積極的傾聴を何回か練習してもらった。



そもそも霊的認識能力ってのは、生まれつきでもない限り、意識的に開発しようとしない限り、発達はしない。



だが、同時に人は誰しも生まれつき、この認識を可能とする「器官」は有している。



たとえば、人は「目」を持っている。だが、目を持っているから世界(物質-要は光)を見ているのではない。世界(光)があるから、目という器官を得た。



同じように、霊的世界があるから、それを認識する器官もまた人は持っている。



なればこそ、意識的にその世界に「目」を向けようとすることで、器官を正しく開発することができる。



目の前に、ひとつの「花」がある。目は、物質体としての花を認識する。



このとき、花の誕生から繁栄、そして死滅まで思いを馳せてイメージする。



ひとつの生命体との生成と死滅。そのプロセスこそ、霊的本質の経過なのだ。



このときに沸き立つ思考と感情。霊的本質に対して、思考と感情を働かせるということは、霊的本質を認識しようとすることだ。



目の前にある花を観察しようとしすれば当然、目が活発に働くように、霊的本質を認識しようとすることで、本来持っている霊的器官が、働こうとしていく。



そして正しく認識しようとすれば、正しい働きかけで器官を開発する必要がある。



霊的修行法とは、その「正しいメソッド」を数え切れない人々が、長い長い年月をかけて練り上げ、蓄積していったものだ。



薔薇十字と呼ばれる、シュタイナーが世に公開していった方法は、「理性」に基づく、現代人に適した行法体系を有している。



古くは、のちにキリスト教神秘主義の中に溶け込んでいった、エジプト経由のアトランティス由来の英知だ。人間イエスもまたエジプト由来のこの秘儀の体系の中で、修行し、キリスト-ロゴスをその身に宿すための霊的基盤を養ったといわれている。



受け継がれてきた英知は時代に応じて変化しつつも、脈々と継承されていく。



いつの世にも存在する、「天を見上げて、私は誰なんだろう?」と問いかけ、長い長い霊的成長へと踏み出した、魂の冒険者たちのために。



ま。そんな話だ。


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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
    » この世に何を遺せるのか

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