“スピリチュアルとは何か”。その意味や方法論を探究するスピリチュアルブログ「魂の神秘学」―瞑想、瞑想方法、内省など多岐に渡って

連鎖を断ち切れる人

はい、どーも。オレさまです。



久々なスピエッセイ?風記事を。



講座でも少し話したんだが、先日、バスでこんな光景に出くわした。別にボけてはいないんだが、エラいもたついたじーさんがいて、ちっとも乗車運賃を出せずに、難儀していたんだ。



財布から210円が出せず、一円だの五円だの?をつまんでは足元に落とす。拾う。探す。また落とす。この無限ループ。



バス内からはとくに壮年男性客を中心に、「イラッ(怒」とした雰囲気全開のため息や舌打ちの嵐。バス内の波動の超悪化。w



かく言うオレさまも、イラっとしていた一人だが。(苦笑



そうこうしているうちに、ついに運転手もキレ気味となり、聞いてるこっちが不快になる声で、「ないんですか? もういいから座ってください。いつまでも停車できません」と、じーさんを座らせた。5分ほども遅れていたので、運転手としては、まぁ焦りもあるのだろう。




じーさんは、座ったあとも、覚束ない手で、小銭を落としては拾いつつ、乗車賃を探していた。足元にまだ1円が落ちていた。それには気づいていなかった。



正直、1円くらいいっか、と思っていたオレさまは、関ること自体、面倒だったのでそのまま自分の目的地で降りようとした。



が、それじゃあさすがに気分悪いわ、と思い、やっぱり拾うことにした。すると、オレさまもあまり目がよくないので気づかなかったが、1円以外にもまだ5円、100円と落ちていた。



とりあえずちゃっちゃっと拾ってじーさんに渡すと、じーさんは思いのほか、理性的な目の輝きを持っていて、「ありがとう。本当にありがとう」と、こちらに向けていった。



こちらとしては、ギリギリまで何もしなかったので、礼を言われること自体、忸怩たるものがあったのだけどな。ほんとに優しいヤツなら、乗車する段階で何かしらの助け舟を出しにいったのかもしれない。



それにしても思うのは、何か不快なこと、ネガティブなことがあると、自分の中にもそれに反応したネガティブな状態を人は作り出してしまう、ということだ。



そして、容易にそれを連鎖させてしまう。



不快さには不快さを。怒りには怒りを。ネガティブな連鎖は、とどまるところを知らない。一方で、ペイフォワードじゃねぇけども、ポジティブなもんの連鎖をも人はできるのだけどさ。



それで、何かしらの「ネガティブ」なものを受けたとき。不愉快さや憎しみや怒りなど。それを自分で停止させてしまうことができる人。



ネガティブな連鎖を断ち切れる人というのは、すげぇよな。




場合によってはさ、親など身内の虐待だのなんだの、自分ひとりの努力では、断ちきるのが困難な負の連鎖だってあるだろうぜ。



それでも、それに立ち向かい、強い意志をもって負の連鎖を断ち切れる人というのは、ほんとの意味で社会全体を進化させることに貢献しているようにオレさまには思える。



そのような意志を持つヤシが世の中に増えるといいんだがね。




ま。そんな話だ。






                     訂正 1  


  「あたいもそんな人になる!」と思ったら、ぽちっとな。(藁


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  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(20/05/03)
    こちらも承認と返信が消えていたような・・・。すまんこって。 日々の中でいろんなケーススタディーでてくるよな。 確かに知識とハウトゥを知ってるだけでかなり違うように思うね。
    » この手は何のためにあるのか
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(20/05/03)
    あれ。なんか承認と返信が消えているような・・・。 まぁそこまで深刻なというよりは、どう生きるかどう在るべきか。 自分に対しての決めの問題かなーと。
    » この手は何のためにあるのか
  • User Avatar ろこじ さんより(20/04/21)
    ありがとうございます。その後、アマゾンで「老人の取扱説明書」、「まんがでわかる老人~その行動には理由があります」、「老いた親との上手な付き合い方」など医師による著書が沢山あることがわかりました。まずは読んでみたいと思います^^。
    » 孤独なエロジジイに愛の花束を渡したいけどさ。
  • User Avatar ろこじ さんより(20/04/21)
    こちらの具体的な事例による気づきや葛藤、学びのお話、とても共感し考えを深めるきっかけになります。ありがとうございます。 日々の実践で「誠意をもって(略)隣人を愛し、彼らに奉仕します」というのは、自分ひとりでできることではなく相手があることなので結構難しいと感じます。「こちらがよかれ、と思ったことでも相手には迷惑だったらどうしよう」とか「逆ギレされたらこわいな」とか、実際にそんなことがあってあつものに懲りてなますを吹く的に人に親切な行動することをためらった経験のある方はかなり多いのではないでしょうか。 あと、本当に知識と慣れですね。以前、視覚障碍者の方から「道路が分らなくて困っている様子の白い杖の人を見かけたら、突然腕を取ったりしないで一声かけてからにしていただけるとビックリしません」とお話を聞いてから、「お手伝いしましょうか?」と積極的にお手伝いできるようになりました。 これからもケーススタディシリーズ、よろしくお願いします!
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