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講座サマリー

はい、どーも。


今回は講座サマリー。時間が早くて出席率低下なのでw、今回は座学とちょっとしたコトが中心でございました。資料で配布した薔薇十字瞑想の手順(?)を使って少しすすめようかと思ったけれど、そこまでいけなかったな。



まず、座学。資料で配ったモンをもとにして、サイキック・ヒーリングとスピリチュアル・ヒーリングの違いの話。


オレさまたちはまずね「サイキック・ヒーリングを学んでいかねばならない」というところ。面倒なので、詳細は割愛。w



そのあと、「観察」というもののワークを少し。



観察は、科学者がさまざまな実験を観察して、物理現象を紐解いて、この世界を理解していくように、オレさまたち神秘学徒も観察を通して、世界(宇宙)を理解していく、ということではずせないワークだ。



ただし観察対象は物理現象にとどまらない。人生そのもの、人間関係、自分の心や思考、これまで見たきたすべて(つまり記憶)と観察するものは広範囲に及ぶ。



そして記憶像を丁寧に、詳細に観察することは、そのまま「視覚化」の訓練ともつながり、ヒーリング等に用いるエレメンタルの創造にもなるので、この訓練は重要だ。



そこで、今回は、10円玉をしばらく観察してもらい、みんなにイラストを描いてもらった。



まず実物を観察して、できる限り詳細に描く。



続いて、「記憶」の10円玉を観察して、修正を加える。記憶を観察することで修正を加えたとき、より詳細になった人も多かったな。うまく観察できた証拠だ。



さらにこのワークを深化させると、人生で気づき・インスピレーションを得ていくことが増えるし、さらに深化すると、幽体離脱を安全に行うメソッドの一つにすらなる。



じっくりと取り組んで欲しいところだ。



くどいけど、視覚化、観察、瞑想、内省、集中。



この5つは、ダスロカロスが「天国へといたる5つの黄金の鍵」と呼ぶものだ。そして観察のワーク1つとっても、集中、視覚化、内省を伴ってきたりもするし、それぞれが連動しあう。何か1つを鍛えると他のものも鍛えられる。そしてそのベースとして、魂の5つの行で鍛えられると、すべてが底上げされる。




で、そのあと今回やってみたことの中に、「今世、生まれてきた自分の人生の目的を探る」というものをやってみた。



12のある質問をして自分の関心がほんとは何にあるのか。それを探ることで、自分の魂の傾向を探りだし、自分の人生の歩みと照らし合わせ、自分がちゃんと自分のほんとに価値を認める道を歩いているかを確認するものだ。



自分がさ、ほんとにこの人生で達成していきたい「目的」から外れてしまうというのは、ほんとの意味での自己実現、実りある人生をおくれないことを意味してしまう。



それは、仮にも「霊的な」事柄を学んでいる我々としては、ちょっと問題だろ。



そんなわけで、今回は足元をかため、人生の指針を得る意味もあって、このワークに取り組んでもらった。



ぽまいら、ちゃんと自分がほんとに価値を認めることに取り組んでいる人生を歩んでいるかね?



「幸せ」な人生は、そこをはずしたらいかんからな。



そんなわけで、今回はこのあたりで時間となった次第。


ま。そんな話だ。

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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
    » この世に何を遺せるのか

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