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坂の上の雲と教育でちらほら

はい、どーも。学生時代に、塾で英国社を中心に教えていたぼくちゃんですが、ぽまいらいかが多様なバイト経験をもっていやがりますか。



教師業はバイトだけで十分だったので、学部時代・院生時代、ともに教職を履修することはなかったわけだが。



日教組どもの「教育の自由」=反日教育、労働者の権利の拡大なんぞのために授業放棄しての政治活動・・・なんて現状のニュースを見ていたら、ふと、歴史ぎらいの子がいたなぁと思い出した。



まぁ文系科目にたいして、総じて「なんの役に立つのかよくわからない」「単なる暗記作業がつらい」みたいなことを言っていた。



それじゃあ授業がすすまない、いつまでたっても勉強に身が入らない、ということで、オレさまはある日、授業の半分をつぶして、歴史を学ぶ意義みたいな話をした。




カンタンに言うと、つぎのようなことを話した。



・歴史は、これまでの人間たちの行動の記録。


・そこには、これから生きていくうえで、キミらは色んな事件や悩みに直面するが、歴史にはそのすべてのケーススタディがある。絶対にある。


・たとえばいずれ大学受験をするとき、過去問をきみらは一生懸命やる。過去に当たることで、未来への対応力がつくからだ。


・科学系だってそう。過去から今日までの研究を学ぶからこそ、未来をつくっていける。ほんとはあらゆる学問が「歴史」である。


・「過去を知らない」ということは、未来への対応力が一切ないことを意味する。


・つまり歴史を学ぶということは、総合的な「人間力」を養う。それは生きていくうえで「未来」をつくる力となる。歴史は最高の実学なのだ。




いささか詭弁はあるんだが、そんなような話をした。w



子どもって素直なときは素直だよな。意味や意義がわかるだけで、とたんに宿題や授業への熱の入り方が違うんだもんなぁ。



いまNHKで「坂の上の雲」やってるけど、オレさまも昔から小説で愛読していた。それをもとに話をしていただけでも、ぜんぜん違ったしな。確実にオレさま、秋山兄弟ファンと明石ファンをあのとき作ったぜ。w やつぱ男の子は戦略・戦術の話では熱くなるw


(明石は今で言う陸軍のスパイ。外交的工作でロシアの内乱、騒動を誘発して、内側から戦争遂行能力の減退に貢献したとされている。『こんな外交官を目指せ!』と言ったものだが、一人くらいマジでなっててくれないかなw)


そんなこんなで、オレさまが思うのは、結果として彼らは歴史が好き、面白い、役に立つものなんだと考えを変えてくれたな、ということだ。それが一番の成果だったと思う。



一応任期終えたあとも、生徒の要望で「帰ってきてくれー」と塾側から連絡きたところを見ると、まぁ悪い教師ではなかったようだ。



って、小中学生で勉強嫌いを輩出してしまう教師・教育ってどうなんよ、と思うぜ。



未だに「政治活動」ばかりに熱心な、くされ日教組がらみの報道を見ていて、つくづくおもた。幸い、オレさまは振り返って、そのような活動に精を出す教師とめぐりあったことはないが。



この国のほとんど唯一といってもいい資源は、普及した高度教育とそこから生まれる人間たちだ。



高度に教育された人間たちが数多おり、公平にチャンスにも恵まれる体制。



そういう国こそが、ほんとの意味で社会的強さを維持できる。軍事大国、資源大国でもあったロシアに辛勝できたのも、そのあたりのはずだ。坂の上の雲を読んでいてオレさまが思ったのはそんなところ。



年の瀬に、そんなことをつらつら思った次第。



ま。そんな話だ。





                     訂正 1  

「あたいもなんか勉強やり直したくなった!」なんて思ったら、ぽちっとな。(藁

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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
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