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今年の終わりに

大晦日だー!と今日は夜更かしする予定の老若男女の皆さまこんにちは。「ま、いつも通りさっさと寝るか(藁」と面白みもないクソ大人な過ごし方をするオレさまですが、ぽまいらはいかが浮かれたガキンチョどもの相手で疲れはじめていやがりますか。



いやはや。早いもんだ。旧ブログからこっちに以降して、ちょうど1年経つ。「今年もいろいろとあったぜ・・・」と公私ともに振り返り、感慨深く思っているのはぽまいらも同様だろう。



そんなわけで、おつかれさん。まぁ、来年もぽつぽつ行こうや。きっと今年以上に社会情勢的には大荒れの年となるだろうが、まぁ、あと数年は年を追うごとに波乱が増えるだろうな。これは神秘学徒としての見解ではなくて、単に政治経済的な意味で。



まぁどんな波乱が来ても、「なんとかならあな」と藁って生きていこうぜ。なに、大丈夫だ。人間そう簡単に死ぬこたぁねーからよ。



しかし、なんだ。仕事を通してだったり、このブログを通してだったり。今年もそれなりに多くのヤシと知り合うことができた。



ふと思うのだが、同性的な意味でも、異性的な意味でも、やっぱり、好きな人の傾向ってあるのな。同性においてはさ、ユーモアがあって、かつ責任感があって、博識なヤシとか。同じ男として尊敬する面を持っているとか。自分には欠けがちな実行力の高いヤシとかな。



異性に関しては、魂に深い傷があるヤシに寄り添いたくなる。単にその傷に溺れてウジウジしてるヤシはキラいだ。だが、深い傷であると認識しつつも、立って前に進もうとするヤシもいる。そうした姿に美しさを感じて抗いがたく惹かれちまう。胸の深いところにある音叉に響く―そんな感情が生まれる。



生きていれば当然、多くの人と交わり、過ぎ去る。中には深い誼を築き、長く傍らに留まることもある。その違いは胸の中にある「響きあう音叉」が奏でて教えてくれる。



この響きに耳を傾けて、来年も人との出会いと別れを一つひとつ実りあるものにしていこうじゃねぇか。同じ時代に、この地に生を享けた縁のもとによ。



ま。そんな話だ。

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はじめに-最高のヒーリングの話

【内省編】
1.内省の効果として-内省で生まれ変わった男の話
2.理性で、潜在意識という畑を耕せ!
3.瞑想と内省との違い
4.基礎的内省の実践
5.内省の必要性としての補講

【ヒーリング編】
1.エーテル(気)を感じることから始めよう
2.エーテルの機能について1
3.エーテルの機能について2
4.エーテルの機能について3 基礎的プラクティス

【エソテリック・プラクティス】
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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
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