“スピリチュアルとは何か”。その意味や方法論を探究するスピリチュアルブログ「魂の神秘学」―瞑想、瞑想方法、内省など多岐に渡って

Imagination,Inspiration and Intuition―霊的認識の三段階

どーも。
オレさまです。


ひさびさにテンプレート、いじりました。
で、古い読者はご存知の前ブログのタイトルに戻した。


この「Imagination,Inspiration and Intuition」という言葉は、
薔薇十字系神秘学においては、
非常に馴染み深い言葉なんだ。


Imagination―霊視


Inspiration―霊聴(霊的読解)


Intuition―霊的合一(一体化による全的把握)


という霊的認識の階梯を意味しているんだ。


必ずしもこの段階通りというわけではなく、
混在しつつもしたりするが、
まずは霊視から霊的認識は始まる。


認識しようとする対象の霊的姿を把握するんだ。
人は、視力によって大半の情報を把握するが、
霊的認識においては、視力というのは基礎にすぎない。


それよりも、次にInspirationによる認識が重要なんだ。


霊的読解とも意訳されるんだが、
これは霊的視力による認識を意志の力で消し去るときに生まれる。


そして認識しようとする対象を「情報」として認識し、
まるで本を読み解くように意味を把握してしまうんだ。


もちろん、このプロセスは一瞬だよ。
実際の読書とは違う。


だが、たとえば、普通に目の前にいる人を見て、
外見から把握できる情報はどれだけあるかい?


ていねいに観察すれば、もちろんかなりの情報が得られるだろう。
だが、会話をして、知りたいことを質問すれば、
当然、さらに多くの本質的情報が得られるだろ。


目の前の人が何を好きで、どこで生まれたかという情報は、
本人の外見では分からない。


Inspiration認識は、
そうした情報を読み取っていく認識のことだ。


そしてIntuition.


直観とも訳される言葉だが、
これが霊的認識の最上位だ。


認識しようとした対象それ自体になる。


目の前の薔薇を認識すれば、
そのとき自分が薔薇そのものになる。


だからもはや謎はない。


霊的成長と霊的認識力の成長は、
軌跡を同一にしている。


我々は、
いつの日か、Intuition認識の獲得を目指して成長していく必要があるのだ。


ま。そんな話だ。







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  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(19/07/13)
    となるとアレね。やはり王道はシュタイナーやダスカロス本の紹介でいいんでないかねー。 まぁ『信者』になってるとなかなか難しいものはあるけどな。
    » すぐ騙されるスピリチュアル女子への"注意喚起"だの"批判"はただのストレス解消でしかない。
  • User Avatar なが さんより(19/07/13)
    だよねえ。周りの人曰く“ピュアな人”らしいんだけど、神秘家をピュアって形容しないしねえ。 多分ピュアでいい人なんだと思う。そのスピな人。カルマの負債を増やす前に誰か教えてあげてって祈るわ。 結局私にできるのは、信者(どストレート過ぎて使いたく無かったけど)達に、 こういうブログがあるよって教えることか、 ダスカロスかシュタイナーの本の紹介するくらい。 自分が認識甘いのに人のこととやかく言えないよなあ、と思うこともある。 モヤモヤの半分は私の過去を見ているみたいだから関わりたくない、なんだけどもね(笑)
    » すぐ騙されるスピリチュアル女子への"注意喚起"だの"批判"はただのストレス解消でしかない。
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(19/07/13)
    >本人は騙しているつもりはないだろうけど、やっぱり騙しているカテゴリーになるのかしら? 言われてみりゃカテゴリーは厳密には違うかもしれんが、それでも基本的に同じカテゴリーになると思うぜ。 なぜならその行為自体、マイナス的な意味でのカルマになると思うからだ。 いずれその人は「手痛い」形でカルマによる学習を行うことになるだろう。 >“「自分の能力を信じちゃってる人」に傾倒する人”に 『それ、大丈夫?』とは言えないというか。 その辺、なんかモヤモヤするのいつも。 ながが言う必要はないかもしれないが、誰かが言う必要はある状況なのかもしれねぇな。 するとなおのこと、それはカルマ的意味でマイナスの状況だな。 モヤモヤはともかくとして、誰かがなんとかする必要はあるのだろうぜ。
    » すぐ騙されるスピリチュアル女子への"注意喚起"だの"批判"はただのストレス解消でしかない。
  • User Avatar なが さんより(19/07/13)
    スピリチュアルにハマる人、じゃなくて、 「自分は本当にスピリチュアルな能力を持っていて、これをみんなに享受したい!」 って信じて疑わない人は、 本人は騙しているつもりはないだろうけど、やっぱり騙しているカテゴリーになるのかしら? お師匠のダンブルドア氏や、前に出てきた沖縄のなんとか(忘れた)みたいに、 必要な人はその時に会える。っていうスタンスでいるのがイイ(善し悪しのではなく外的基準として)のだろうけど、 本人信じてるんだろうし、(たぶん)私の見えない/知らない何かがわかることに関して見えない私が判断できないし、 その“「自分の能力を信じちゃってる人」に傾倒する人”に 『それ、大丈夫?』とは言えないというか。 その辺、なんかモヤモヤするのいつも。
    » すぐ騙されるスピリチュアル女子への"注意喚起"だの"批判"はただのストレス解消でしかない。

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