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天国へのマスターキー「観察」

さて。
叡智を探求する学徒として、
磨いていくべき基礎的な項目。

観察。
集中。
内省。
視覚化。
瞑想。



「魂の6つの行」でベースを作ったら、
次はこの5つの訓練にぜひ入りたいところだ。



個人的に非常に重要だなと思うのは、「観察」だ。



これまでも、
折に触れて「観察」の重要性は触れてきた。



たとえば、こちらの記事で触れているトム・ブラウン・ジュニア。




ネイティブ・アメリカンのマスターの智恵と技術を受け継いだ。
彼らが荒野で行う「アウェアネス」もまた、
「観察」だ。



ネイティブのマスター通称「グランドファーザー」に言わせたら、
現代人の観察力の欠如は、
もはや「生きている」とは言いがたいほど、
人として未熟なようだ。



逆にこの力が発達していれば、
人は自然から、
荒野からスピリチュアルなことすべてを学べるのだ。



森の中の一枚の葉っぱ。



小さな石ころ。



動物たちの鳴き声や足跡。



そして「スピリット」からの声。


あらゆる叡智を授けてくれる、
自分の奥深いころからの声や、
身の回りのスピリット。



それらの美しさやか細い声は、
現代人の姦しい思考でパンクしそうな心では聞けない。



雑音の如き思考を黙らせて、
聖なる沈黙へと達する。



このとき、
魂はようやく「聴く」ことができるのだ。



相手のこと、周りのこと、そして自分のこと。



ほんとに聴くには、
自分の思考を黙らせなくてはいけない。



ほんとに聴くこととは、
相手のありのままを見つめることでもある。



つまり「観察」とは、すべての思考的判断を停止させ、
視覚的に聴くことなのだ。そして聴覚で観ることなのだ。






ま。そんな話だ。






・・・せっかく来たので押していただけると、
   とってもうれしゅうございまする。。。
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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
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