スピリチュアルな気がしないでもないお盆@2017
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本記事の概要
ご無沙汰してます、たーこです。
「自撮り(頭頂部限定)」という、非常に気になるタイトルを見つけて開いたら以前私が書いた記事で死にたくなりました。やれやれですが、スピリチュアルな気分と関係あるようなないようなで、お盆明けですが、お盆の記事を書いてみます。
お盆期間通例
さて、世間はお盆でしたね。
かくいう私もお盆ということでせっせと迎え火っぽいことしたり、お茶をお供えしたり、おはぎやらいなり寿司やら作成したりしました。
中にはきちんと御墓参りに行かれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
お盆は地域によって7月だったり8月だったりしますが夏樹も私も実家の故郷が関西であることからお盆は基本8月です。
お盆についてちょっと調べてみたところ、7月か8月かという違いはあれど本来はほぼひと月丸っとお盆のためにあります。
具体的には1日〜24日まで。・・・社会人の夏休みよりずっと長いですね。羨ましい。
※お盆の詳しい概要は下記の通りです。(以下引用)
釜蓋朔日
1日を釜蓋朔日(かまぶたついたち)といい、地獄の釜の蓋が開く日であり一般的に1日からお盆である。この日を境に墓参などして、ご先祖様等をお迎えし始める。地域によっては山や川から里へ通じる道の草刈りをするが、これは故人が山や川に居るという文化に則り、その彼岸からお還りになる故人が通りやすいように行う。また、地域によっては言い伝えで『地獄の釜の開く時期は、池や川などの水源にはむやみに近付いてはならない』というものもある。
七夕、棚幡
7日は七夕であるが、そもそも七夕は棚幡とも書き、故人をお迎えするための精霊棚とその棚に安置する幡(ばん)を拵える日であり、その行為を7日の夕方から勤めたために棚幡がいつしか七夕に転じたともいう。7日の夕刻から精霊棚や笹、幡などをご安置する。 なお、お盆期間中、僧侶に読経してもらい報恩することを棚経(たなぎょう)参りというが、これは精霊棚で読むお経が転じて棚経というようになった。
迎え火
13日夕刻の野火を迎え火(むかえび)と呼ぶ。以後、精霊棚の故人へ色々なお供え物をする。 地方によっては、「留守参り」をするところもある。留守参りとは、故人がいない墓に行って掃除などをすることをいう。御招霊など大がかりな迎え火も行われる。
送り火
16日の野火を送り火(おくりび)と呼ぶ。京都の五山送り火が有名である。 15日に送り火を行うところも多い(奈良高円山大文字など)
また、川へ送る風習もあり灯籠流しが行われる。山や川へ送る点は、釜蓋朔日で記したとおり故人が居るとされるのが文化的に山や川でありそのようになる。
なお、故人を送る期間であるが、16日から24日までであり、お迎え同様に墓参などをして勤める。
佛教では普通お盆は1日から24日を指す。 これは、地獄の王は閻魔王であるが、その王と対になるのが地蔵菩薩であり、24日の地蔵菩薩の縁日までがお盆なのである。(因に(天道)大日如来の大日盆はその縁日に則って28日である。)
盆踊り
15日の盆の翌日、16日の晩に、寺社の境内に老若男女が集まって踊るのを盆踊りという。これは地獄での受苦を免れた亡者たちが、喜んで踊る状態を模したといわれる。夏祭りのクライマックスである。旧暦7月15日は十五夜、翌16日は十六夜(いざよい)すなわち、どちらかの日に月は望(望月=満月)になる。したがって、晴れていれば16日の晩は月明かりで明るく、夜どおし踊ることができた。
近年では、場所は「寺社の境内」とは限らなくなっており、また宗教性を帯びない行事として執り行われることも多い。典型的なのは、駅前広場などの人が多く集まれる広場に櫓(やぐら)を組み、露店などを招いて、地域の親睦などを主たる目的として行われるものである。盆の時期に帰郷するひとも多くいることから、それぞれの場所の出身者が久しぶりに顔をあわせる機会としても機能している。
なお、新しく行われるようになった盆踊りは、他の盆踊りとの競合を避けるために、時期を多少ずらして行われることも多い。これは、新興住宅地などでは、「盆の最中は帰郷しており、参加できない者が多数いる」などの事情も関係しているものと思われる。また、宗教性を避けて「盆踊り」とは呼ばないこともある。しかしそれらが「盆踊り」の系譜に連なるものであることは否定しがたい。 また、同様のものとして彼岸の時期に行なわれるものを「彼岸踊り」と呼称する地域(関東 – 近畿一の一部)も存在する。
(wikipedia「お盆」より引用ここまで)
七夕がお盆の一環とな!
私は初耳でした。まじでか。願望・欲望にうつつを抜かしている場合じゃなかった。
郡上おどり
ちなみに・・・郡上八幡(正確には郡上市八幡町)という岐阜県の地域では郡上おどりという7月中旬から9月上旬にかけて33夜にわたって踊る郡上おどりなるものがあリますが、特に8月13〜16日の間は盂蘭盆会(うらぼんえ)として夜を徹して踊り続けるそうです。まさに盆踊り。
郡上おどりは日本三大盆踊りの一つとされていますが、夜を徹して踊ってくれるとなるとそりゃあお盆でこの世にもハッスルしますね。
また、盆踊りとしての源流は中世の「踊り念仏」「歌念仏」にあるそうです。
日本はこの現代社会でも生者が死者を「もてなす」とする文化が根強くそして当たり前に残っていますね。
お盆のスピリチュアル(?)体験記
かくいう私もこのお盆の時期が絶妙に好きです。
東洋はこの世とあの世との距離が近いと耳にしたことのある方は少なくないと思われます。夏樹によると、ルドルフ・シュタイナーもそのようなことを言っていたようで、東洋は夢の中のような雰囲気があると西洋の方には感じられるようです。
それが、エキゾチックという言葉に現れているように思います。日本人でも、さらに台湾の九フン(千と千尋の神隠しっぽいところ)みたいなところでは、なおのこと感じるように。
そしてお盆の時期は、まさに異界との距離が更に近くなるのかもしれません。
目の前にあるもの全てに程よい距離感であたたかく迎えられているようにさえ感じます。
お盆の由来自体は調べると非常に現実的な面もあるようですが、これも夏樹に言わせると「霊界からの要請を受けて、地上の人間が連動して生み出した習慣」ということのようで、それがいかなる理由で「閃いて」はじめたことでも、この地上のことの本当の由来はあちら側にあるようです。
いわば霊界の道具となったわけですね。その人は。
それが霊的な意味をもつ事柄ならなおのこと・・・。
そんなわけで、ここからは個人的お盆らしい話になります。
先日お供え物の買い物に行った帰りに、ふと顔を上げるといつもとは何か違う光景を体験しました。
まず、店に入ってウロウロしている時点で何かが違う。外に出ると一層、何か全てが違う。
人が、空気が、匂いが、山が、雲が、風が、音が、全ての境界線が霧がかかったようにぼやけて、それぞれが一個体という存在というよりも、いち存在的なもの、として在るというか、役を果たしているというか、円環の理(笑)というか、とにかくいつもと何かが決定的に違う。
それなのに妙な安心感があります。
蝉が鳴いていますが個々に向かって音を送っているというか、私にしか聞こえない言葉誰かにしか聞こえない言葉を孕んでいるように聞こえます。
触れた葉っぱ一枚でさえ、世界を感じざるを得ないというか。
「ヴァッカじゃねーの」と、簡単に言えてしまうほど突っ込みどころ満載ですが、そのようにしか思えず。
現世にいるはずなのに、どこかに迷い込んでしまったかのような、そして目の当たりにしている世界全てが、個々のために同時に多様な形で存在している。そんな佇まいが全体の光景に在る。
そのように体感しました。
実に何言ってるかわかんないっすね。
正直個人的にも「今のなし。頭冷やして飯食って寝ますわ。」と言って終わらせてしまいたい話ではあります。
しかしながらあの瞬間、お盆期間特有の空気と出来事、世界からの働きかけに、私が奥の方からほんのりあたためられたことは確かなのです。
世界が世界全体を通して私を見守っているのだ、と。
ご先祖様がいて私がいる。(別名:君たちがいて僕がいる)
自分のルーツについて熱く語れる人がいますが、仲の良い家族が私とは違う世界のものにあると思い込んでいるからか、私は自分のルーツを信じていません。
それどころか、「私は生きるべきではなかったし、いることで近い人間に不自由を与えた。いない方がいい。」といい年して思いがちです。
(この点については、私の意識が「大勢の中の一人」というより「大勢が仕方なく入れてやってる、できれば捨ててしまいたい一人、小間使い用員」であるという意識に引っ張られがちだからでしょうw)
しかしここで「実は 大規模な世界全体が現状の一人一人にベストな状態を保ち広がっている」と(勘違いだとしてもw)思ってみたところ、間違った考え方である「監視されている」「見捨てられている」という意識とは全く違った、安心を得る意識にシフトすることができ、救いを得ることができました。
我ながら「ああ、頭沸いてるね」と突っ込みたい話です。
生きてる以上、いなくなった人より<私>を含んだ生きている人の方が大事ですが、私の中にある私たち・私の外にある私たち、のようなものを意識できる「いなくなった人に想いを馳せるための日」があるということは、物理的にもスピリチュアル的な意味でも救いになるのかもしれません。
今日はそんな話です。
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