スピリチュアルとは何か。そして神とは何か。本気で学ぶための講座やメルマガも運営しています。

自己の有限性を知りつつ、無限なる魂の衝動に生きる気高さ。

どーも。
日中、
業務の合間をぬってメールを書くふりをしてブログを書く男、オレさまです。
ぽまいらは、いかが日々モチベーションゼロと格闘していやがりますか。



ところで、今回は、物書きの師匠としての彼のブログ記事の紹介



すんごい共感してねぇ。


二つの意味でさ。


一つは、物書きとして。
もう一つは、神秘学徒として。


魂を揺さぶることができるのは、
まさに魂から生まれた激しい衝動に他ならない。
そのことを彼は体現し、教えてくれる。


オレさまは、学生時代に知遇を得た。
以来、つきあいが続いている。
不遇のときもよく知ってる。


魂にただようある哀しみも、
多少とはいえ知っているつもりだ。


そして暗い絶望の闇の中で、
祈り、自分が魂の救済に値しないと思いつつ、
それでもわずかな光さす方向へと手を伸ばそうとしていたことも・・・。


オレさまが彼を敬愛してやまないのは、
魂の暗闇に侵され、
自分が絶望のさなかにいるそのときでさえも、
他者に対しては、限りなく優しいまなざしを注ぐ
気高い魂を抱いているからだ。


彼の心は、決して強くない。
むしろ、いつ折れて消滅しても不思議ではないほど、
繊細で、美しい。


それでも彼はおのれの有限性を理解しつつ、
魂が羽ばたこうとする無限への憧憬に生きている。


有限と無限の狭間で、いのちを削りながら生きている。


いのちの時間を燃焼させきる瞬間まで、
彼はそうだと思う。


だからこそ、尊敬できるんだ。


ま。そんな話さ。



                     訂正 1  

「こんな魂のあり方に共感できる!」なんて思ったら、ぽちっとな。(藁

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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
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