“スピリチュアルとは何か”。その意味や方法論を探究するスピリチュアルブログ「魂の神秘学」―瞑想、瞑想方法、内省など多岐に渡って

「いか超」4 礼賛の小道についての補講

前回の礼賛の小道について、
もう少しすすめましょう。

私たちは、対象がヒトであれ、知識であれ、事象であれ、
批判的に検討する姿勢をもっています。

それは合理性の一つの発露であり、
私たちの文明をここまで偉大に発展せしめたあり方です。
こうした批判力、判断力を発揮するあり方は、
それ自体は立派なものですが、この力を手にいれた代わりに、
代償を「高次の霊的認識」に対して支払わねばなりませんでした。


霊的認識を求める「礼賛の小道」で見出すべき知識とは、
批判・判断力といった合理理性で検討するものではなく、
「礼賛と賛美」によって自分のものとしていく領域なのです。

合理理性で検討するに相応しい知識があるように、
礼賛と賛美に基づく「畏敬の心」で向き合うに相応しい知識がある。

現代人は、すべてにおいて合理理性で向き合いますが、
それでは踏破できない、
あるいは踏み込むべきでない世界もあるということなのです。

どちらがいい、悪いではないのです。

夏と冬。

それぞれの世界には、
それぞれの世界にふさわしい服装があります。

同じように、
合理性で歩くべき領域と、
「畏敬の心」で歩くべき領域があるのです。

霊的世界で高次の認識を求めるものは、
まずそうした前提を心にとどめることが必要です。




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  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(19/07/13)
    となるとアレね。やはり王道はシュタイナーやダスカロス本の紹介でいいんでないかねー。 まぁ『信者』になってるとなかなか難しいものはあるけどな。
    » すぐ騙されるスピリチュアル女子への"注意喚起"だの"批判"はただのストレス解消でしかない。
  • User Avatar なが さんより(19/07/13)
    だよねえ。周りの人曰く“ピュアな人”らしいんだけど、神秘家をピュアって形容しないしねえ。 多分ピュアでいい人なんだと思う。そのスピな人。カルマの負債を増やす前に誰か教えてあげてって祈るわ。 結局私にできるのは、信者(どストレート過ぎて使いたく無かったけど)達に、 こういうブログがあるよって教えることか、 ダスカロスかシュタイナーの本の紹介するくらい。 自分が認識甘いのに人のこととやかく言えないよなあ、と思うこともある。 モヤモヤの半分は私の過去を見ているみたいだから関わりたくない、なんだけどもね(笑)
    » すぐ騙されるスピリチュアル女子への"注意喚起"だの"批判"はただのストレス解消でしかない。
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(19/07/13)
    >本人は騙しているつもりはないだろうけど、やっぱり騙しているカテゴリーになるのかしら? 言われてみりゃカテゴリーは厳密には違うかもしれんが、それでも基本的に同じカテゴリーになると思うぜ。 なぜならその行為自体、マイナス的な意味でのカルマになると思うからだ。 いずれその人は「手痛い」形でカルマによる学習を行うことになるだろう。 >“「自分の能力を信じちゃってる人」に傾倒する人”に 『それ、大丈夫?』とは言えないというか。 その辺、なんかモヤモヤするのいつも。 ながが言う必要はないかもしれないが、誰かが言う必要はある状況なのかもしれねぇな。 するとなおのこと、それはカルマ的意味でマイナスの状況だな。 モヤモヤはともかくとして、誰かがなんとかする必要はあるのだろうぜ。
    » すぐ騙されるスピリチュアル女子への"注意喚起"だの"批判"はただのストレス解消でしかない。
  • User Avatar なが さんより(19/07/13)
    スピリチュアルにハマる人、じゃなくて、 「自分は本当にスピリチュアルな能力を持っていて、これをみんなに享受したい!」 って信じて疑わない人は、 本人は騙しているつもりはないだろうけど、やっぱり騙しているカテゴリーになるのかしら? お師匠のダンブルドア氏や、前に出てきた沖縄のなんとか(忘れた)みたいに、 必要な人はその時に会える。っていうスタンスでいるのがイイ(善し悪しのではなく外的基準として)のだろうけど、 本人信じてるんだろうし、(たぶん)私の見えない/知らない何かがわかることに関して見えない私が判断できないし、 その“「自分の能力を信じちゃってる人」に傾倒する人”に 『それ、大丈夫?』とは言えないというか。 その辺、なんかモヤモヤするのいつも。
    » すぐ騙されるスピリチュアル女子への"注意喚起"だの"批判"はただのストレス解消でしかない。

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