叡智と真理を探究する者のために

「いか超」4 礼賛の小道についての補講

前回の礼賛の小道について、
もう少しすすめましょう。

私たちは、対象がヒトであれ、知識であれ、事象であれ、
批判的に検討する姿勢をもっています。

それは合理性の一つの発露であり、
私たちの文明をここまで偉大に発展せしめたあり方です。
こうした批判力、判断力を発揮するあり方は、
それ自体は立派なものですが、この力を手にいれた代わりに、
代償を「高次の霊的認識」に対して支払わねばなりませんでした。


霊的認識を求める「礼賛の小道」で見出すべき知識とは、
批判・判断力といった合理理性で検討するものではなく、
「礼賛と賛美」によって自分のものとしていく領域なのです。

合理理性で検討するに相応しい知識があるように、
礼賛と賛美に基づく「畏敬の心」で向き合うに相応しい知識がある。

現代人は、すべてにおいて合理理性で向き合いますが、
それでは踏破できない、
あるいは踏み込むべきでない世界もあるということなのです。

どちらがいい、悪いではないのです。

夏と冬。

それぞれの世界には、
それぞれの世界にふさわしい服装があります。

同じように、
合理性で歩くべき領域と、
「畏敬の心」で歩くべき領域があるのです。

霊的世界で高次の認識を求めるものは、
まずそうした前提を心にとどめることが必要です。




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  • 加藤 夏樹 { ビギ まぁ神智学ではないのだが・・・それはともかく、 >何か相談事が出来るようならまた足を運びたく思うのですがよろしいでしょうか? かまわんよ。またコメントするなりメルマガに返信するなりしてくれ。 }
  • ビギ { どうにもその神智学は自分にはまだ少し早い様子、何なら手を付けないのも選択肢に含まれそうです。ですが何か相談事が出来るようならまた足を運びたく思うのですがよろしいでしょうか? }
  • 加藤 夏樹 { ビギ おう。ご希望にそえない点もあったかと思うが、すまんね。 }
  • ビギ { 返信しないとばかり思っていました(・・;) ①の方はほっとくはそう思います。現実に向き合うと言い出しているみたいです。神=キリストなら宗教観が総崩れですね(・・;) キリストの水は検討ついてましたが、物質おばけみたいな魔女とか一緒にわかるとは思いませんでした。 ②も含めて返信ありがとうございました }

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