スピリチュアルとは何か。そして神とは何か。本気で学ぶための講座やメルマガも運営しています。

メルマガ【魂の神秘学】VOL.11「神秘学徒は「夢」をこう使う」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■VOL.11「今号のコンテンツ」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・神秘学徒は、「夢」をこう使う。
・編集後記

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■神秘学徒は、「夢」をこう使う。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
はい、どーも。
オレさまです。


最近、幾人からFBで友達申請もらいました。
さんきゅー!

普通に歓迎です。
メルマガ読んでます、
の一言があると、
なんの疑いもなく承認できるんで、いつでも待ってるぜ!


公式フェイス・ブック・ページ:
https://www.facebook.com/wizard.of.rose


公式フェイス・ブック:加藤夏樹
https://www.facebook.com/natsukisummerwood





さて。
今回は、神秘学徒が「夢」を意識的に利用することについての内容だ。


……まぁそうなんだが、今書き終わったんだが、
ずいぶんと話が展開してしまい、
最後は愛だ。


愛について。


愛についてな。


・・・・・・。


大事なことだから、
二度書いたぜ?w


そんなワケで、
ウサンくささを増しつつも、
ハッピー・リーディング!


前回、夢とは人が睡眠中に訪れているアストラル界における記憶
の残滓である、という点まで触れた。


また、夢のことを比較的忘れやすいのは、
脳という肉体の器官には、
霊界という三次元以上での体験の記憶を保持・
再生する機能が低いからだという点にらも触れたな。


そして肝心なのは、
霊的発達が進むと、
明晰夢が増える、という点にある。


そもそも霊的進化(霊性が発達)すると、
何が変わってくるかというと、
霊視者には一目瞭然なんだ。

霊的身体が、
卵形からきれいな人型へと彫塑的にくっきりしてくるんだ。


このプロセスをシュタイナーは、
「霊我」の発達として描いた。
意識的な霊的発達の第一段階として、
おおまかにいうと次のように説明した。


自我(意識)によって、
アストラル体に働きかける、と。


アストラル界をサイキック界とも言うように、
アストラル体ってのは、心理感情、そして欲求を司るんだ。


感情や欲望なんて、
ほっとけば、際限なく肥大するのが世の常だ。
そして僧侶、神官といった霊的、
宗教教的職業のヤシのイメージとして、
そうした欲望をコントロールしようと努めるものがあると思うが、
まさにそれは霊的発達の第一段階。


感情や欲望の奴隷をやめて、
意識的に生きることを選択することなんだ。


それは、
今までの欲望に囚われた生き方―

欲望は、主に物質にひもづいている。
つまり三次元に支配されることを意味する

―から離れ、自由に物質を意識的に、理性的に、
他者のために使用することができる生き方の選択なんだ。


意識的にアストラル体に働きかけ、
霊我を形成する。


なんていうと、意味もよくわかんないけど、
「欲望のコントロールを果たすことで、
利他的に生きることができる人間へと成長する」ということ。


これまで「自分」ばかりに向いていたベクトルが、
他者へと向かうようになるんだ。


もっと平たく言うと、



・・・続きは、コチラ。








↓【Facebookページ】「いいね!」をクリックして、各コンテンツ記事をどうぞ。↓





関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA


特別講義

おすすめカテゴリー

MYブックマーク

最近のコメント

  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
    » この世に何を遺せるのか

ブログをメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

RSS

twitter