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魂のこよみ 10/31~11/6

 霊の深みから光が立ちのぼる。

 その太陽のような輝きは
 生命意志の力となって
 うつろな感覚の中を照らし出す。

 すると魂は衝動にかられて
 創造の力となり、
 人間の事業を豊かに実らせようと努める。



最近やってませんでしたねー。

シュタイナーの魂のこよみ。

やっぱりイイこと言ってますぜ、
あのオヤジ。(笑


その人が本来為すべきことは、
必ず心魂のうちにそのカルマと共に存在している。
それはどんな形で、この現実生活の中で出会うかは不明だ。


多くは、「好ましくない事柄」として出会うことになるだろう。
それはときに、
魂を萎えさせるほどの打撃を与える。


しかし、シュタイナーは言う。


己と深く向き合い、
沈潜して魂を打ちのめす事柄に立ち向かうとき、
その身の中から魂を激しく駆動させる力が湧きあがるのだ、と。

ピンチがチャンスとは言ったものだ。

逃げずに正しく向き合い、
そして本当にそれが己が為すべき事柄ならば。

すべてを可能にする創造の力がその身を衝き動かしてくれるのだ。

歴史の中で燦然と輝く、
不可能と思われるほどの偉業を成した人々を衝き動かした力ときっと同じものなのだろう。







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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
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