“スピリチュアルとは何か”。その意味や方法論を探究するスピリチュアルブログ「魂の神秘学」―瞑想、瞑想方法、内省など多岐に渡って

日常の生活をするにあたっての「心」の構え。

親愛なる皆様

 

こんにちは、たーこです。

ここのところ、柄にもなく?真面目〜な記事ばっかりかいてたら

見事に風邪を引きました。これが俗にいう知恵熱…!

 

昨日意地になってブログ記事書いていたら夏樹に止められましたw

顔色がどんどん病人の顔になっていっているとかで。

いやぁ、お恥ずかしながら実はあれらの記事書くのに

半日は軽くかかってるんですよ。きゃーはずかしい。

※ちなみに夏樹が記事を書くのにかかってる時間は

長くても一時間程度ではないでしょうか。。。=_=

ここで軽い記事を書いても良いのですが、

意地になってるのでこのままヘヴィな投稿続けます。

\(^0^)/だって私は病みート。

\(^0^)/ブログを更新するだけの簡単なお仕事です。

\(^0^)/引用ばっかだけどね!

というわけで、始めます。

簡単なことが一番難しい。

真理の教えは、それを理解して、

毎日の生活の中で、実際に経験していくことが大事です。

そうしないと真理をどんなに勉強しても、

知識だけに終わってしまい役に立ちません。

プラクティス(実践)を同時にすることが必要です。

 

最近スピリチュアルに関する色々な本が出ていて、

私たちは沢山の情報や知識を得ることが出来ます。

しかし知識として学ぶ人は沢山いますが、

一度聞くと、同じことはもう聞きたくなくなり、

もっと難しいことに興味を持つようになり、

簡単なことを自分の生活の中に生かそうとしません。

 

たとえば、真理を勉強している人は誰でも、

「感謝すること」はとても大事なことだと知っていますが、

実際にはほとんど出来ません。

一般的に知識とプラクティスの距離がとても離れていて、

好奇心だけでスピリチュアルの勉強をしている人は、

特にその傾向があります。

 

知識を沢山持っていても、

それをどんなときに使うかわかっていなくてはいけません。

知識を使ってプラクティスしていくと、

だんだん智恵が多くなっていきます。

いわゆるインテリの人は知識を集めて満足していますが、

本当のインテリジェンスというのは自分の知識を上手に使って、

それを智恵にすることです。

急ぐ必要は全くありません。

ゆっくりと観察しながら生きていくと、

知識を生かして使う方法がわかってきます。

知識は智恵の手前のところにあり、

自分の肌で感じて体験して、初めて自分の智恵となり力となります。

 

一つひとつ深く観察しながら勉強すること、

そして急がないこと。

簡単なことから始めるのは、

もしかしていちばん難しいことかもしれません。

「感謝すること」も簡単に出来そうですが、とても難しいことです。

なぜなら、私たちは感謝することに慣れていないからです。

私たちが毎日貰っているエーテル・バイタリティ、水、空気など、

数えるときりがありませんが、

身の回りのことから初めて、感謝していくことです。

 

簡単そうな話でも、

自分の肌にしみ込むように、

色々な角度から理解しなくては行けません。

人によって理解の仕方が違うので、

いろいろな角度から見ることが必要です

 

「私は何のために生きているのか?」P159~P160

補足

●知恵

物事の道理を判断し処理していく心の働き。

物事の筋道を立て、計画し、正しく処理していく能力。

●智恵(智慧)

物事をありのままに把握し、真理を見極める認識力。

「智」は相対世界に向かう働き、

「慧」は悟りを導く精神作用の意。

出典:Wikipedia 知恵

 

さて、相変わらずいきなり引用から始まりましたが、

こいつも結構大事なことのように思います。

簡単なこと、簡単なことなのです。

私たちは簡単なことをやりたがりません。

とりあえず、私は簡単なこと程やりたがりませんでした。

“プライド”が邪魔するのです。

※プライドもエゴイズムそのものですね。

プライドの固まりたーこの常套句がコレ。

「「うるさいな!!!」」

「「そんな(簡単な)こと、わかってるよ!!!」」

いや〜、恥ずかしいですねー。みっともないですねー。

出来てないから、注意されたり叱られたり与えられるのに。

本当に愚かですねー。

<相変わらずですねえ、この愚か者は。w

(※ネタがわかった人はたーことハイ・タッチ!w)

 

私の場合、

わからないことは恥ずかしいことではなくて、

わからないことを認めようとしないことが恥ずかしいこと

〜と、学習するのにとても時間がかかりました。

皆様はいかがでしょうか?

 

焦らないこと・状況を受け入れること

ひとつのことをがっつり取り組むとなると、

進展にはとても時間がかかるものです。

苛ついたりすることもあるかもしれませんが、

この道を歩む為の心構えとして一番問われるのは、

どうやら「忍耐力」のようです。

※もしよかったら、忍耐の意味を調べてみてください。

Wikipediaに雑学的にも結構面白いこと書かれています。

シュタイナーやダスカロス関連のどの本にも

忍耐の重要性はかなりしつこくしっかり書かれていますし、

神秘家夏樹も何度も何度も何度も何度もブログ・講座問わずに言っています。

ゆっくりやっていこう。

焦らないでやっていこう。

以前「焦りは害になる」のお話をしたかと思いますが、

私に通じるように言い換えると「焦りはストレスになる」なんです。

これはあくまでも私の見方なのですが、

ストレスは心の歪みが生むものなのかもしれません。

一定以上積み重なると病気になります。

そして、「焦り」。

焦ると一つひとつの行為・行程が雑になります。

きれい・きたないの問題ではありません。

雑ということは、

※これを私が言うことは、非常にいきすぎた・出過ぎた真似ではありますが

その行為や自分自身、そして世界に対して愛情がないことと同じように思うことがあります。

 

人生の解釈

「私は何のために生きているのか?」では続いてこのように書かれています。

 

毎日喜んだり、悲しんだり、不平、不満を持ったりする

自分の態度を観察してみると、

私たちはいつも状況に左右されていることがわかります。

そういう状況をしっかり観察して分析していくと、

自分を成長させることができます。

私たちの日常生活に起こるいろいろな出来事や問題の中には、

沢山の情報とメッセージが隠れています。

そのメッセージを解釈することがとても大事です。

人生というのはひとつの神話かもしれません。

なぜなら人生における色々な状況には、

何かを象徴するものが出てきて、

その裏には、私たちが学ぶべき

プライベート・レッスン(個人レッスン)が隠れているからです。

私たちは自分の力でそれを読み取らなければいけません。

普通の人は、嫌な状況に遭うと、

正面から解決しようとしないで逃げてしまうので、

折角与えられた勉強の機会を失うことになります。

自分にとって、

嫌なことでも面と向かって受け入れて生きることは、

本当に貴重な体験なのです。

 

なぜ毎日の生活で、自分の一番弱いところ、

一番嫌がることにいつも問題が現れるのでしょうか?

この人生には偶然なことは何もありません。

自分の弱点を強くする為に、そう言うことが起こるのです。

極端な好き嫌いがあると、自分の成長の妨げになります。

嫌いなことに対して、それを嫌がって生きていくと、ストレスになり、病気になったりします。

 

嫌なことでも、すぐ反発したり、逃げたりしないで

「何をそこから学ばなくてはいけないのか?」、

「どんなメッセージなのか?」

ということを考えなくてはいけません。

たとえば台風で強い風が吹くと、

強い木は折れやすく、草はただ風に吹かれるだけです。

なぜなら草には柔軟性があり、立ち向かわないからです。

日常生活の仲で起こる、様々な嫌な状況を受け入れて、

裏に隠れているメッセージを探し、

それをよく分析していくと勉強になります。

「私は何のために生きているのか?」P160~161

 

自分で書いてて目と耳に痛い内容ですが、

忍耐力解釈のひとつと言える内容に思います。

ハラランボスさんもさり気なく書いていますが、

「最近シュタイナーとかダスカロスに関する

色々な本が出たお陰で情報を手に入れやすくなった。

便利な世の中になったよなあ。」

と、夏樹もぼやいていました。

(昔はとても大変だったらしい。w)

情報を得ることが以前よりずっと簡単になっているようです。

その分私たちは一つひとつの行程を大切に、

大事に解釈していくことが必要なのかもしれませんね。

いつものように引用ばかり多い文になりました。

いっそ本買って自分で読んでしまったほうが早いんじゃね?

と、思われた方は下記リンクからどうぞ。

(Amazonにとびます。)

私は何のために生きているのか?

真理の言葉

難解ですが、頑張って何回も読んでるとちょっとわかります。

夏樹<読書百遍意味自ずから!!!

って言ってますし。

今日はそんなところです。

あ。

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それではまた!(^0^)ノ

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  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(18/06/01)
    >たかメイ へぇ、おもしれぇな。 そのじっちゃんがどういう意味で言っているのかちょいとわからんが、 アストラル界を超えて、コーザルまでいくと、もう光とかじゃない。 「光」ということは、反対の「暗い」があるだろ? それは相対性領域であることを意味しているんだ。 相対性を超えると、 今度はなんというか、意味・概念の世界の入るのよ。 そこまで行ったら確かに本物というかガチで一人前だ。(笑)
    » 「復活の呪文」で復活した物語【スピリチュアル成功哲学あるいは法則】
  • User Avatar たかメイ さんより(18/06/01)
    失礼いたします。ちょっと質問させて下さいませ。 スピ系のワクワクキラキラ系は、よく「光ってください!」と言います。 アストラル界はこの世の光とは比べものにならないほどの眩い光を放っていると夏樹さんのブログで読みました(RGB)。 そ、そんなに眩しいのか!と思いましたが、 二年前にある方のセミナーに行ったとき(75歳くらいのおじいちゃんが講師)、「本物はもう光ってない。」とおっしゃってたんです(そのおじいちゃんは昔のある時期、暗い部屋にいて電気を付けなくても大丈夫なほど光っていたそうです)。 その意味がまったくわからなかったのですが、 アストラル界は眩いほどに光ってるけれども(魔術)、メンタル、コーザル界まで行くともう光は無いのでしょうか? だとしたら、そのおじいちゃんはもうアストラル界を超えてしまっていたとか、脳波はデルタ派なのだそうです。
    » 「復活の呪文」で復活した物語【スピリチュアル成功哲学あるいは法則】
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(18/05/23)
    ははっ。この復活の呪文は自分の望むべき、在るべき状態へと「復活」することを企図するものだな。笑 まぁ別にカネがかかるものでなし。 未読なら読んでおくといいぜ。 いつか役立つかもよ?
    » 「復活の呪文」で復活した物語【スピリチュアル成功哲学あるいは法則】
  • User Avatar shin さんより(18/05/23)
    カセットの内臓バッテリーが切れてセーブデータも消えてしまった「Ⅲ」状態(笑)の自分ですが、今回の記事は興味深く拝見させて頂きました。メルマガやブログ記事に「復活の呪文」との記載があったのは存じてましたので気にはなっていましたが、「まだその時ではない、そんなに酷い状態には陥っていない」と自分に言い聞かせてスルーしていました。ですが、これはそういうものではなかったのですね? 今は棺桶に入ったまま勇者の後ろに引っ張られているかの様な実生活を送っていますが、よく考えてみたいと思いました。 Ⅲに復活の呪文を入力する裏コマンドとかあったっけ...↑↑↓↓←→←→BA...
    » 「復活の呪文」で復活した物語【スピリチュアル成功哲学あるいは法則】

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