“スピリチュアルとは何か”。その意味や方法論を探究するスピリチュアルブログ「魂の神秘学」―瞑想、瞑想方法、内省など多岐に渡って

スピリチュアル・カウンセラーの「手放しなさい」のフレーズに、 イラっとしません?

どーも、

加藤夏樹@オレさまです。

今回は過去メルマガの再掲記事です。
そして内容はと言うとアレです。

アレですね。
アレだよ、アレ。
イラっとするあの言葉について。
スピリチュアル・カウンセラーとか、
ヒーラーとかがよく言うアレですわ。

 

スピリチュアル系の紋切型フレーズ「手放しなさい」

いやね、
相変わらず世のスピ系は
「手放しなさい」のフレーズが好きだな、と。

過度な欲望、怒り、憎しみ、悲しみ、執着。

手放しなさい、と。

いやー、
言うだけならラクだな、
おい。

そう思いません?

東京・横浜のスピリチュアル・カウンセラーには、
そんな口だけのエセは腐るほどいますわ。

一極集中ですわ。

少しは地方に分散して、
地方創生に貢献してこいっつーの。

エッらそうに、
「怒りも執着も手放すのです・・・」
なんてしたり顔で語りよってからに。

何様だっての。

こちとらオレさまだっての。

あふれんばかりの
ボンノウリョクで人生を戦い抜いている
真っ最中だっての。

サラリと賢者キャラでエラそうにしている
テメェとは年季が違うわ。
(と、誰かに言ってみるw)

それはそうといいね、うん。

いいね、煩悩力。
いまのうちに商標登録しとくかね?

いっとき、
とかく「リョク」をつけるのはやったやん?

しまいには「老人力」

老人力ってあーた。

闘神ベジータさまのスカウターで測った日にゃ、
オレさまなんて

「ふん・・・。50ボケか。ゴミめ・・・!」

なんて言われちまう。

でもって、

そのあと流行りといえば、

●●王子とか、

●●男子とか。

いろいろあった。

しかし、
イマイチこないのが、
オレさま男子。

おっかしーよなー。

2013年、

日本スピ界のヴォルデモート@オレさま

なんてフレーズで一大ブレイクするハズだったんだがなー。

ブログ記事に編集してる

2015年な今なら来るかね?

オレさまブーム。

まぁ与太話はともかく。

 

煩悩を手放すということ

そろそろ本題に入ろう。

煩悩・・・。
煩わしい悩み。

愛(恋)であったり、
モノであったり、
カネであったり。

なにかに執着すると生まれる。

しかし。人は、どうしたって、
そのすべてから解放されることは、
むずかしい。

それでいて、したり顔なスピリチュアル・カウンセラーを僭称する人はよく言うよな。

「●●への執着や不安を手放しなさい」と。

僧
ちょいまて。

こら、まて。

仏教はじまって2500年。

欲望やら執着やら不安やらを
手放すことに執着w

というか粘着系で追及してきた連中でさえ、
手放すのは困難。

なに一言で片付けてくれんのや、と。

おまいはできるのか、と。

オレさまのように聖人に列せられることが

ほぼ確定しているような聖人君子とて、

おっぱいへの執着は絶てないというのに。

それを手放せ・・・
とか一言で片付けられたら日にゃ、
マジギレですわ。

 

おまえはおっぱいわかってねー!(激怒
ってもんですわ。

一休さんのように「気にしない気にしない」
なんていえるかっての。

ましてほしのあきのようなチチが目の前にあって

平静を保ったヤシを見たら、

「おまえの血は何色だーーっ!」と

オレさまが血涙流して絶叫系だっつーの。

チチの50%は優しさ、
もう50%は癒しだってのに。

まさに黄金の双翼だっつーのに。

それこそ、
簡単に「手放しなさい」とか逝ってるの聞くと、
罪と罰を読んだことあるか、と。

てめぇ勝手な独善的倫理で、

貧しい元大学生ラスコーリニコフってヤシは、

強欲な金貸しのばーさんを殺害しちまったんだ。

ラスコーリニコフ、略してラスコーは、

「つか、むしろいいことした」

くらいに思っていたが、

現場に居合わせたこのばーさんの親類まで

ヤっちまったことから、

次第に、

もっそい罪の意識が膨らんでいった。

最初は、

このばーさんのカネを寄付だったかなんかすることで、

「やっぱこれ、むしろ善行だよな」

くらいに思っていたのだが。

まぁ。人の心はそんなに強くない。

てめぇ勝手なロジックで自分を

騙し続けることはどんどん難しくなる。

どんどん病んでいくわけですわ。

だが、最後には、

自分よりも悲惨な境遇に生きる娼婦の

自己犠牲心に打たれ、

改心し、自首する。

このプロセスの人間存在をもかけたような葛藤。

人の心の業の深さをこれでもかというくらいに、
グリグリと抉り出している。

自分で体験したことなくとも、

こうした文学作品とかでさ、

間接体験することで、

人間ってのは想像力がムクムクムと

働くわけじゃん。

人間ってば妄想なイキモノなわけで。

人が抱える「不安」「心配」「執着」等々、

人によってさまざまだろうが、

手放したいもんを簡単に手放せるのなら、

初めから葛藤はしない。

それができない。手放せないから、葛藤する。

できるなら、初めから、そうしている。

誰だって、

心軽やかにありたいのはいっしょだ。

それを「スピリチュアル」な側にいる

(と自分では思っている)連中が、

いとも簡単に悩めるヤシに、「手放せ」というのを聞くと、

その耐えられないほどの「軽さ」に、

思わずアントニオ猪木ばりのコブラツイストをかましたくなるぜ。

 

 

宇宙よ おまえは拡大された人間そのものだ

人間よ おまえは圧縮された宇宙そのものだ

シュタイナーが言ったのかゲーテがいったのか、

忘れちまった。

仮にも「スピリチュアル」な道にいるのなら。

そして道を歩んでいるというのなら。

人間という存在の奥行きを少しでも理解して、

「魂のセラピスト」足れるような「深み」を

備える必要があるんじゃねぇだろうか。

それは、限りない宇宙の深遠へと

歩んでいくのと同じくらいに、

果てのない闇路を進むことなのだ。

白隠禅師の和讃に、
こんな一節がある。

衆生本来仏なり

水と氷の如くにて

水を離れて氷なく

衆生の外に仏なし

衆生近きを知らずして

遠く求むるはかなさよ

たとえば水の中に居て

渇を叫ぶが如くなり

長者の家の子となりて

貧里に迷うに異ならず

六趣輪廻の因縁は

己が愚痴の闇路なり

闇路に闇路を踏そえて

いつか生死を離るべき

今回は、
以上の言葉で締めくくろうと思う。

ま。そんな話だ。

関連記事

メルマガ登録

メールマガジン「魂の神秘学」登録しませんか?
必要事項をご記入の上、送信ボタンをクリックしてください。
すぐに登録完了メールが届きます。
万が一、3分以内にメールが届かない場合は、メールアドレスの入力ミスが考えられますので、
大変お手数ですが、再度入力をお願いします。

* は必須入力です。

*

*


*

【☆登録特典☆】
ご登録された方には、ヒーリングや神秘学基礎メソッドの学習に活用できる
『神秘学ベーシックテキスト』をプレゼントいたします。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

特別講義

おすすめカテゴリー

MYブックマーク

最近のコメント

  • User Avatar なが さんより(18/03/06)
    認める迄が ↓ココ ー\/ーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーー ーーーーーーーー ーーーーーーー (魂?) なイメージかな? こんな真っ直ぐじゃないけれど。 今の実感としては、入口さえ間違っていたから明後日の方向に行ってるのさえ気付かなかったのが、(自分に至る)入口をやっと見つけた、しかもめっちゃ目の前にあった!っていう迄が長かったから、分析・解体が遅々として進まなくても、「あ、今なんか違っているかもしれない」って気がするだけで、自分にとってすごく進歩しているように思えるの。 で、一回「よっし!これだ!答え(分析結果)出た!」って思っても、 次の時に同じ答え(分析結果)がどうもしっくりこなくて、 「あれ?一回めのはなんだったん?」て戻ってみたら、更に隠れていた答えが見つかって… の繰り返しかな?と(今のところ)思っていて、 正直、自分は内省をしている感ほぼ無いし(←ここにも思い込みがありそう)、 理性ってなんなん?って思うけど(理性が分かっていないことが分かったw)、 これは続けていくしかないな(多分そうせずにおれない)という気がしている。 そんなだから、ダスカロスのチェック事項、まじ多過ぎる。 とっても手がまわんない。 ただ、それだけあるって知っておくと、 光の当てる角度が変えられるっていうのはあるのかな? 何度も云うけど、今の私の雑感だから、後々、 「うわ!全く違ったわ!」となるかもしれん。 それでも北極星が見えているだけで全然気持ち的に楽なんだな。 自分を責めるのって、 自分がすごく正しいことをしているような気がしてしまうんだよね。 それでなかなか止められないのかも。
    » エゴイズムと向き合う
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(18/03/06)
    責めたらあかんな。(笑) >内省って自分のエゴイズムを認めるまでがごっつ苦しくて、 >そこを突破したら内省ってこういうことか〜って分かるのかなと。 意外とそうでもない。(笑) 認めても分析がすすまないと、なんとも、、、だね。 アレやらコレやらが「エゴイズムだったな」と 気づいたら、その根っこをさらに分析していき、、、と。 理性でどんどこ解体していくんだな。 その過程でさらに分析対象が増えてリストアップされていく。(笑) 単純に「難問」の回答に四苦八苦する受験生のように、 エゴイズムを理性で解体(分析)していくプロセスがまってるぜぃ。 なかなか満足がいく答えにたどり着けないしねぇ。
    » エゴイズムと向き合う
  • User Avatar なが さんより(18/03/06)
    わはw 私、内省の仕方?手法?めちゃくちゃ間違ってたことに気付いたw 自分にダメ出しばかりし過ぎて、ちょっとMっぽくなってたw 今現在の認識だけど、 内省って自分のエゴイズムを認めるまでがごっつ苦しくて、 そこを突破したら内省ってこういうことか〜って分かるのかなと。 スピリチュアルを学んでいるという優越感もあって、 自分はちゃんとやってると思い込んでいたから、間違いに中々気付かなかったのかもな。 ちょっとスピリチュアルから離れて、 要するに外から知識を仕入れることを止めて、 そもそもの自分の感情とか考えの癖とかをどんなにグダグダで利己的であろうと、 これが自分の中にあるものだ と認めて見ぬふりとか押さえつけるのとかを止め始めたら、 今まで教わったことが分かるようになってきた気がする。 まだ、ダスカロスの内省する時の言葉の通りにはいかないけどw
    » エゴイズムと向き合う
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(18/01/20)
    ははは。(笑)まぁ不吉なほどの難問来たら食らっておきなよw そーなんだねー。httpsも済んでるし。理由がわかんなくてさー。Twitterに問い合わせてもレス寄越さないし。 やれやれだよ。
    » 【実録!】グラウンディング無きスピリチュアルがヤバいワケ【後編】

ブログをメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

RSS

twitter