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もし突然イチローが練習中に現れたなら?~スピリチュアル系の言うグラウンディングとイチローの過去世とか~

イチローが現れた!?

みなさんコンニチは。
GWはいかがお過ごしですか?
うちは今年のテーマは「休む」ですw
オレが多忙なため、
ヨメが気を使ってくれてます。
ありがたや。
さて、下記のリンク先の動画はCMか
なんかですかね。
野球少年たちのもとにイチローが突然登場。(笑)

そんなサプライズを知らなかった
野球少年たちにしてみたら、
漏らすほど(笑)ビックリで
うれしいんじゃなかろうか。
https://yuru2club.com/wp/?p=394
 
・・・
 
同様のコトをFBページ投稿したが
スピリチュアル的にみると、
イチローはスポーツ選手の中でも
群を抜いてグラウンディングができていて、
むしろ武道家のようですらある。


あんまり今生きている人の過去世を
霊視してどうのこうのは言いたくないが、
有名人というコトで勘弁してもらうと、
確実に「剣豪」の過去世がある。
普通の侍、武士じゃない。
も、「剣豪」ね。
オマエは剣心か斉藤一か。みたいなw
ついでに戦乱が好きなのか、
忍者というのもおありのようで。

・・・もはや、
カタナがバットになっただけじゃねーか。

(追記:もう少し教えてと質問きたので
追記するけど、こういうのは滅多にしませんので。
他には陶芸系の芸術家、またやはりというか、
僧侶としてかなり厳しい人のもとに弟子入り
してコトがあるようです。仏教系なんですが、
放浪のように修行の旅をしています。
飢饉や疫病の蔓延した地域などで臆するコトなく
奉仕活動していたこともあるようです。
面白いのは、「祈る」「説法する」「教えを説く」
といった僧侶らしい活動よりも、
もっと実務というか実際的なコトしてます。
食べ物が足りないなら作る、
病人がいるなら衛生的にさせて看病し、
食事を作る、みたいな。合理的です。(笑)
オレの観えた範疇だけで言えば、
不思議なほどのブレない軸、初志貫徹の精神力と
合理的な判断能力(柔軟性でもある)の共存です。
逆にいえば、それらがないために、
とても痛い目にあった人生を経験したことがある
のかもしれない。それはわかんなかったけど)

おっと、話がそれた。

 

スピリチュアル系いうグラウンディング

 一方で、よくスピな人たちはグラウンディングが
どうのこうのとエラそうに言うよな。
 
 
が、そんなもん、きっちりカラダ使って、
それなりに身体を鍛え、
「ハラ」がしっかり据われば
筋骨のバランスが整い、
自ずから出来てしまうものなんだ。

※ちなみにさらに深いグラウンディングは、
宇宙の多層性を貫くモノなので、
エセスピとはますます縁がないディープな世界だ。
通常言われている「グラウンディング」は、
肉体とエーテル体次元の話。
 
 
一昔前の日本人なんて、
写真からでも分かるほど、
みんな当たり前でしたよ。
 
 
むしろグラウンディングをどうのこうの
言うスピ連中の方が浮いてるぜ。

 

武道をそれなりにやってきた人間にしてみたら、
一目瞭然なんだよね。

だから、エセなスピリチュアル・カウンセラーは、
オレの目の前にウカツに来ないほうがいいぜ?

0.3秒で程度がバレるからな。

 

本物のグラウンディングは、身体の力とも比例する

そこでふと思うのは、本物はやっぱり、
地に足がついている。

とあるすんごいレベルの神秘家の話なんだがね
実は同時に武道家でもあったしね。
もちろん、ダスカロス、シュタイナー、
うちの師匠ダンブルドアは、むしろ「書斎派」だろう。

しかし、ナマっちろい顔して、
脳みそお花畑の在り方とはもちん正反対だ。
彼らは、すでに霊的身体を発達させているのだから。
だからこそせめてオレたちは、
比較的取り組みやすい物質的身体の霊的に
正しい在り方を疎かにしてはならない。
当たり前といえば当たり前な、
そんな話さ。

 

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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
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