スピリチュアルとは何か。そして神とは何か。本気で学ぶための講座やメルマガも運営しています。

ハゲシクわらた。wwww

最近、くっそアヤシイ予言ブログとやらが、ネットでウワサになったようですなぁなんてぽよぽよしているオレさまです。



ママゴンだかなんだかの。



オレさまも人に教えられてみてみたが、まぁ、文を読む前に「アウト!」というのが分かってしまうほどわかりやすいところだったので、幾人かには「アウトじゃんw ビタイチ信じるに値しねぇよ」と伝えて藁っていた。



まぁ非常に分かりやすい好例とさえ言えたな。したらまぁ、最後はどういう風かしらんが、とにもかくも、閉鎖でトンズラぶっこいたようだな。



で、したらどこぞのスピ団体の人だったというオチだったようだな。ゆくゆくは人寄せ集客ブログにでもするつもりだったのかwと下衆のかんぐりのひとつでもしたくなる。



まぁ世の中には同波長というか、同じ程度のモンの波長レベルに惹かれたり、評価したりするもんだ。



ああいうところを良いとかなんとか評価するような心根は、間違いなく、そういうところと同レベルだ。




お里が知れますな。その団体の背後のナニガシさまとナカーマ♪ってなところだろう。



波動は正直だ。



話は変わるが、もう2年かそこらは前になるだろうか。



うちのダンに「ネットとはいえ、付き合うのは選べよ」とチクリと言われたもんだ。



そんときは、「っせぇなぁ。おもしれぇと思ってるうちはいいだろ」と突っ張っていたもんだが。



が。



やっこさんが「やれやれ」というのは、ことごとく、怪しく堕ちていく。



とくに最近はどこぞがさすがに分かりやすくなってきたのか、「ちょっとオレさま、あれ、どーなんよ」というのが極端に増えたがw、まぁぽまいらの感じている通り、そういうことだ。



生暖かくしているのが無難。エラく態度と頭の悪いエラそうなのも周囲にいてw、「おかげで分かりやすい。w」という意見もあるが、まぁとやかく言うこっちゃないわな。



むしろ、同情してあげろ、と言いたいね。まだ若いようなので、立ち直るチャンスもあるかもしれない。



よくオレさまは、「スピの世界は玉石混合だ」と言う。



しかし、玉なんてホントにそうカンタンにみつかんねぇよ。



ってか、なんで高いカネぶんどってわけわかんねーセミナーやら勉強会やらをやるとこばっかじゃん。ダスカロス系勉強サークルなんてほとんど必要経費くらいだけだぜ。



それでいて、継続的な勉強ができる。ほんとに霊性の道で自己の成長を望むなら、ダスカロスのような一級の神秘家の残したシステムがある。ヤる気があるならそういうとこをまず選ぶのが無難だろうに。



まぁキリスト教神秘主義はあわん、となったらダスカロス系ではダメだろうけど。しかし、なんであれまともなところは、「継続的勉強の場(内容)の用意 + 続けやすいことを考慮した低額」であることが不可欠。というより、自然とそうなるはずなんだよ。



提供者がまともならな。



気ぃつけろよ。



この道で怖いのは、中途半端なのは、「昨日までまともだったのに、今日堕ちていた」がザラだからだ。とくに「先生」と呼ばれたがる者、指導者的立場、プライドを抱く者は要注意だ。



ダスカロスのような一級の覚者でさえ「名誉とは罠なんだ」「先生と呼ばれたがってはいけない」と自分にも周囲にも注意していた。



ましてや、「みんなより少しだけこの道を知ってるから、勉強したいなら教えるよ」といった程度のモンは、ほんとに堕ちやすい。



オレさまなんざ、一週間、「せんせー♪」なんて甘い声でささやき続けられたら、すぐにエゴイズムが肥大化して堕ちる自信があるっつーの。w



ほんっっっとに、気をつけろよ。



おまいを堕とすエゴイズムは、おまいの内で育ち続け、明晰な理性と誠実さの仮面を被ってやってくるのだ。



気がつけば、思考そのものを乗っ取られている。



ま。そんな話だ。

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA


特別講義

おすすめカテゴリー

MYブックマーク

最近のコメント

  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
    » この世に何を遺せるのか

ブログをメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

RSS

twitter