“スピリチュアルとは何か”。その意味や方法論を探究するスピリチュアルブログ「魂の神秘学」―瞑想、瞑想方法、内省など多岐に渡って

内観の章―ラストスパート編1

気合をいれなおし、神秘学徒らしいこと書くかぁ、と腰をあげたオレさまですが、ぽまいらはいかがリキんだ瞬間に「ぶっ!」なんてオナラが出て「恥ずかちぃっ!」なんてかわいこぶっていやがりますか。



さてさて。長らく連投してきた「エソテリック・ティーチング」18章の「内観」。残すところもあとわずか・・・じゃねぇな、まだ結構あるな。(苦笑 ってなもんだが、くどいがここは大切なポイントなので、またいっしょに読んでいこう。



では、今日の部分を抜粋する。前回の抜粋部分からは少し飛ぶ。




「私たちは、この肉体が聖霊的であると考えています。神の神聖なる三位一体性についても知っています。しかし、自分自身で体験していないことを信じるべきではありません。



研究の課題として受け入れられることはできたとしても、それを信じるかどうかは、研究の成果と結果に付いてくるものです。



キリストは、「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」(新約・ヨハネ8-32)と言いました。古代の私たちの先祖も(注:ダスカロスはキプロスに住んだギリシア人)、「汝自身を知れ」(ギリシアの古代都市デルポイにあるアポロ神殿に刻まれた『7人の賢人』の格言の1つ)と主張し、同じことを伝えています。



また、ソクラテスの物質的な肉体を越えた生命を知っていたので、死に直面しても平気でいました。一方には、「釘の跡」を見ることを求めたトーマスもいますが、キリストは叱責することなく、彼に手や腹を触らせたのでした。(新約・ヨハネ20-24~29)



要するに、私たちに必要なのは、真理を“知ること”です。そのことだけが、私たちを自由にしてくれるからです。



また、その道はすでに示されています。イエス・キリストご自身がそうであったように、神秘主義者も何世代に渡って、そのことを説いてきました。



キリストは、「命を与えるのは霊である。肉は何の役にも立たない」(新約・ヨハネ6-23)と言いました。この言葉は、肉体の目的(神聖なる計画の中でしっかり定められている)について話しているのではありません。



キリストは、命を与えてくれる霊でなく、肉体の方を神格化し高く評価することは、非常に有害だと言っているのです。」



たとえば外科医が人体を解剖学的に把握しているように、オレさまたちも内観を通して、己を霊的な意味で解剖学的に詳細に把握していくようになる。



肉体、そしてエーテル体という生命力を司る身体。アストラル(サイキック)体と呼ばれる心理感情を司る身体。ノエティック(個我)体と呼ばれる思考・精神を司る身体。そして、「わたしはわたし」という本質的な「自分」。



オレさまたち自身が、多重的な霊的存在であるということを少しずつ努力して知っていく必要がある。そして真理を探究しようと歩む者は、そのための努力を惜しむべきじゃねぇな。



「汝自身を知れ」という言葉は、神秘学的にはまずは「自分」が霊的存在であるということを理解することから始まるといっても、過言じゃねぇんだ。



そしてそのための道が、古今東西、真理を求めて探求した先人たちの残した道として、遺産としてオレさまたちの前に残されている。



しかし、とかくこの三次元の世界に生きると、人は本当に価値あるものを見失う。容易に「土くれ」に酔い始める。物質(あるいはこの世的な価値)は従えることができれば忠実で美しい執事だが、容易に人を酔わせ、醜く越え太ったブタへと変える魔女でもある。



肉はなんの役にも立たない、とはそういう意味だ。肉体の三次元での役割を否定した意味ではない。



しかし、最近では「スピリチュアル」なヤシでも、自分の安定性を示そうというのか、この世界ではこの肉体をもって生きることがベースであり、それこそ真のスピリチュアルとうそぶくのもいる。



ウカレポンチなスピを否定したいのはわかるが、芯がズレている。そして結局、何も道を示していねぇ。



「霊的な道」はその先だ。肉体の健康を保つことも大事だが、人間は多重性の存在だ。上記のように四重構造をもっている。



この多重性を見つめ、己が「霊的存在である」ということを理解することから、霊的探求は始まる。肉体にのみ目を向けるのは、意味がないどころか、むしろ有害だ。



気が付けば、物質的価値観のみを重視する、地に足がついたというより、「土くれに酔った」人間ができあがる。



内観は、極論すれば、自分を知ることだ。しかし、自分を知るというのは、自分の「性格や考え方、価値観」を紐解いていくことだけではない。



さらに、自分の存在というものの構造を霊的にも肉体的にも知り、自分というミクロコスモスを理解することで、マクロコスモスへと理解を広げていくプロセスだ。



その道は長い。長いが、「真理があなたを自由にする」という言葉で魂を暖め、ゆっくりと歩いていけばいい。一歩ずつ深まっていく理解が、その喜びが、必ずおまいに歩き続ける力を与えてくれるだろう。



「汝自身を知れ」



出発点であり、そして終着点でもあるこの課題にともに取り組んでいこうぜ。



ま。そんな話だ。

 

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  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(20/05/03)
    こちらも承認と返信が消えていたような・・・。すまんこって。 日々の中でいろんなケーススタディーでてくるよな。 確かに知識とハウトゥを知ってるだけでかなり違うように思うね。
    » この手は何のためにあるのか
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(20/05/03)
    あれ。なんか承認と返信が消えているような・・・。 まぁそこまで深刻なというよりは、どう生きるかどう在るべきか。 自分に対しての決めの問題かなーと。
    » この手は何のためにあるのか
  • User Avatar ろこじ さんより(20/04/21)
    ありがとうございます。その後、アマゾンで「老人の取扱説明書」、「まんがでわかる老人~その行動には理由があります」、「老いた親との上手な付き合い方」など医師による著書が沢山あることがわかりました。まずは読んでみたいと思います^^。
    » 孤独なエロジジイに愛の花束を渡したいけどさ。
  • User Avatar ろこじ さんより(20/04/21)
    こちらの具体的な事例による気づきや葛藤、学びのお話、とても共感し考えを深めるきっかけになります。ありがとうございます。 日々の実践で「誠意をもって(略)隣人を愛し、彼らに奉仕します」というのは、自分ひとりでできることではなく相手があることなので結構難しいと感じます。「こちらがよかれ、と思ったことでも相手には迷惑だったらどうしよう」とか「逆ギレされたらこわいな」とか、実際にそんなことがあってあつものに懲りてなますを吹く的に人に親切な行動することをためらった経験のある方はかなり多いのではないでしょうか。 あと、本当に知識と慣れですね。以前、視覚障碍者の方から「道路が分らなくて困っている様子の白い杖の人を見かけたら、突然腕を取ったりしないで一声かけてからにしていただけるとビックリしません」とお話を聞いてから、「お手伝いしましょうか?」と積極的にお手伝いできるようになりました。 これからもケーススタディシリーズ、よろしくお願いします!
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