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「自分が分からない」人こそ、神秘学の基礎たる内省を

どーも。夏樹です。

今回は過去のメルマガから4連続で行った

「内省」に関しての記事を再編集してお届けする。

内省ほど重要な行法はまずないのだけど、

その地味でメンドくささゆえか、

どうも軽視されがちだ。

しかし、「本物のスピリチュアル」「伝統的で確実な叡智」をうたう

ここ「魂の神秘学」としては、やはり外せない。

なので、何度でもここは復習しよう。

 

神秘学の基礎にして深奥たる内省とは?

寺院

 

内省は、

神秘学のメソッドにおいて、

最重要といっても過言じゃない。

神秘学を「人間の霊性を高め、霊的に進化させる学問・行法の体系」
と定義づけるなら、
極論「これだけでいい」と言えるほどだ。

多分、キプロスの偉大なダスカロスも同意してくれるのではないかと思う。

 

人はさ、

やがて、
自分の人生を省みて、
次のように問いかける瞬間が訪れる。


天を仰ぎ、
「私は誰なのでしょう。どこから来て、
どこへ行くのでしょうか」

と。

必ず、そうした問いを発する瞬間が来るのだ。
それは霊性への目覚めだ。


そして少しずつ、
人生の神秘を、道を歩き始める。

それは言い換えれば、

「自分」という「宇宙」への探索に踏み出したともいえる。

まぁ、本当の「自分探し」だな。(笑)

それはそうと、

そうして意識的に“道”を歩み出そうとする
魂たちのために、
古来、神秘家と呼ばれる先人たちは、
少しずつ叡智を残してきた。


その入り口となるのが、
内省と呼ばれる行法、そしてその方法論だ。

今回からしばらく、

内省をテーマに語ってみよう。

 

具体的に内省はどのようなもので、どう始めるのか

夜空

 

では内省の効果と取り組み方だけど、
内省は心(魂)を浄化する。
そして自分を分析し、
自分と向き合い続けるカタチで進める行法だ。

極論すると、それだけ。

もちろん、細かいやり方は、宗派によって異なる。

たとえば天台宗の修行内容にある摩訶止観業(まかしかんごう)は、

徹底的に己のうちをある特定の対象に「止めて」集中するし、

仏教の一派―浄土真宗だったかな。

その内観から生まれたは「身調べ」といって、

人間関係を中心に徹底的に想起させ、調べさせるものもある。

(内観療法といって精神医療として近代に成立)

やり方としてはそれぞれ至ってシンプルだが、

実行・継続はもちろん困難だ。

だが、キリスト教、仏教、密教、
イスラム(スーフィ)、
古今東西、あらゆる叡智の道において、
採用されてきた。

この話題を取り上げると、

古いメルマガ・ブログの読者はまた?

と思うかもしれない。

しかし、このシンプルなメソッドは、
簡単に語りつくせるものじゃねぇんだ。

重複も復習としていいだろう。

そこでしばらく、
「内省」というものをみていきたい。


次回は、
また別の具体的な方法論も踏まえた内容になるだろう。


ま。そんな話さ。



■編集後記


神秘学の鉄板中の鉄板メソッド、内省。

昨今、「スピリチュアル」というと、
ヒーリングとかチャネリングとかリーディングとか、
やたらとING系が多い。

ビーイング系かっつーの。
(ZARDとかB’zとか好きだけどw)

その全てがニセモノとは言わんが、
そういうのは、
もっと本質を踏まえた上での話。

スピリチュアルは、
ポップな遊び半分のサブカルじゃねーんだ。

ましてや、
なんとか講座でナントカヒーラーとかになったのが、
これまたちゃらく稼ぐための

「資格」なんかじゃないっての。

まったく。。。

まぁいいや。

そんな姦しいマガイモノには手を出さず、

ゆるゆると共に学んでいけたらと思う。

 

追伸

12/20日(土)、
まさかのスピリチュアル系講座と
マーケティング講座が融合する。


オレにとっては、
ライフワーク(神秘学)と
マーケティング(表稼業)の融合だ。


それがいかなるモノなのか。
まずはコチラを見るだけでもどうぞ。

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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
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