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天使と悪魔

なんかダヴィンチ・コードのダン・ブラウンの作品のようなタイトルだなwと思いつつ書き始めるオレさまですが、ぽまいらはいかが天使と悪魔の両面を担って生きていやがりますか。



さて。天使は人間と認識が違うし、融通も効かないので人と話は通じにくい、一方の悪魔は人間と話が通じる、ということをたびたび書いてきたわけだが。



神秘家ダスカロスのことが描かれている『メッセンジャー』を読み返していたら、それに該当する記述があったので抜粋しようと思う。ここはなかなか面白い箇所だ。



ダスカロスがキリアコス(著者、アメリカの社会学者)と悪魔について会話しているシーン。



『悪魔と天使の違いについて私の質問に、ダスカロスは、両方とも大天使的な力が放つ光なのだ、と答えた。悪魔も天使も、彼らにとっては永続的な存在ではないということである。彼らは、大天使的な力が投影するエレメンタルであり、人間は悪魔的なエレメンタルも天使的なエレメンタルも両方作る能力があるのだ、と言っている。



「悪魔は分離した領域をつくるために存在している。彼らは、大天使的な放射からつくられる、反対側に位置する存在なのだ。大天使ルシファーは、ノエティック界において、他の大天使たちと全然かわらない。しかし、彼の地上においての仕事は反対側のエネルギーとパワーをつくり、バランスを持ち込むことだ。これが神の計画なのだろう。邪悪と私たちが呼んでいる存在だ。この邪悪の目的は、善の意味をもつとはっきりとさせることにあるのだ」


「悪魔と、人間のつくるエレメンタルとはどういう風に違うんですか」


「人間がつくるエレメンタルは、天使的か悪魔的か。どちらもつくることが許されている。しかし、大天使には天使的なエレメンタルしかつくれないことになっている。例外はルシファーで、彼は悪魔しかつくれないのだ。悪魔には人間と話ができるように、ある種の潜在意識の形態が備わっている。
 
 悪魔には理屈が通じるが、天使には通じない。

 なぜかというと、天使は揺るがすことのできない法なのだ。天使は自分の清い目的から外れることができない。悪魔はある意味で天使に類似しているが、彼は天使の仕事に反対して、人間に影響を及ぼすことができる。悪魔が人間にくっつくと、人間と同じように行動し、そして不合理かもしれないが、人間の論理を使う。天使はそのような行動をとることができない。創造の領域の中でも画一的に働く。


どういうことか分かるかな。天使は善しか選べないのだ。悪魔は人間と協力して、論理的な能力とか、人間の経験の一部を吸収できるのだ。天使は大天使の愛をそのまま色を染めずに表現できる。悪魔は分離の領域で、自分の大天使の感傷的な愛を表現する。だから、悪魔の方が天使より人間にくっつきやすいのだ。


植物と動物の世界に対して、そして人間に対して、天使たちは聖霊を通して細胞や組織を盲目的に、かつ美しく創造したり、治癒に関わったりする。他方、悪魔は人間がすることをすべてやる。彼は、人間の感情をすべて持って生きるのだ」


「では、悪魔は天使よりずっと人間的なんですね」


「もちろん。天使が人間の姿をとることは滅多に見ることがない。彼らはほとんどの場合、力として、システムとして存在する。悪魔は人間の姿をとる」』


『メッセンジャー』(241p~242p)



ここ、おもしれぇだろ。




堕天使だなんだと誤解の多い「ルシファー」と呼ばれる大天使に対して、このように解説をしているのは類似したところではシュタイナーのほか、ダンブルドアくらいしかオレさまは知らない。ルシファーは相対性を管理監督し、機能させることが仕事の大天使なわけだ。



だから、他の「善」しかなしえない大天使たちと違い、「悪魔的な」仕事を担う。つか悪魔の生産しちゃってるわけだが。



で、人間は悪魔的・天使的両方のエレメンタルを作ることができるとあるよな。(エレメンタル:想念形態。)ごく単純なところでは、まず無意識的につくっている欲望―思考型エレメンタル。これが悪魔的だな。日々抱いている欲望に満ちた想念のカタマリは、想念形態となつて放出され、誰かに取りつき、その人の欲望を刺激する。



また「呪い」と呼ばれるモノが機能してしまうのもこのためだ。逆に人が作り出す天使的エレメンタルの代表は、「祈り」であり、「ヒーリング」だ。誰かの誰かに対する愛にあふれる善なる想いもまた、エレメンタルとなって作用する。




さて、そうした記述も面白いが、「悪魔」と呼ばれる存在がいかに「人間」に近いのか、わかりやすいだろ。



そして。



「天使のメッセージ」を垂れ流している方々のブログなりサイトを上記を頭に叩き込んだ上で、チェックしてみよう。(藁



すぴ界にはたくさんたくさんいらっしゃるな。天使のメッセージやら天使との対話、チャネリングを公開していたりしてる方々が。



オレさまには、そうした方々が接触する非常に“人間臭い”天使たちは、人間から「人間の思い描く天使って、こんなカンジだよな(藁」と学んだ方々wな気がしてならないのだが、どうだろう。



さて。最後にダンブルドアは次のように言った。



「大天使とはエネルギーであり、法であり、システムだ。そして善だ。絶対的な善であり、叡智そのものだ。だが、融通がきかない。いつも答えは同じコンピューターのようなものだ」(byダンブルドア)



ダスカロスとほとんど一緒だろ。オレさまは、こうした大天使のほうがしっくりくるし、偉大な神秘家たちが「天使のメッセージ」なんてふわふわしたものを遺していないのも頷ける。



ま。そんな話だ。

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コメント

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  • コメント (3)

    • たまに あそぶ
    • 2015年 12月 31日

    こんばんは♪

    面白かったぁ~!

    • ひろ子
    • 2019年 7月 29日

    昨日教えてもらったことを復習しにやってきました☆

    天使=大天使のエレメンタルだとするなら、

    悪魔=ルシファーのエレメンタルということでオッケーですか?

    さらにルシファーが悪魔しか作らないとするならば、シャマエルは悪魔なの???

    とするならば、私たちの肉体を司る存在の中に悪魔がいる!?

    気になります。

    • 加藤 夏樹

      >天使=大天使のエレメンタルだとするなら、 悪魔=ルシファーのエレメンタルということでオッケーですか? さらにルシファーが悪魔しか作らないとするならば、シャマエルは悪魔なの???

      微妙。シャマエルは確かにルシファのエレメンタルとして活動するね。その作用は「機能的」なのであまり悪魔として認識されないように思う。

      いわゆる「悪魔」とは別と考えた方がいい。

      シュタイナーの文脈でいえば「アーリマン」に属する人(笑)たちが悪魔だねー。

      悪魔は人間の感情をトレースできるので「善でも悪」でも柔軟にw行動できちゃうけど、ルシファーとかは根本は大天使なので「悪と呼ばれる行為(作用)しか」(ルシにとっての善)できないわけです。

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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
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