“スピリチュアルとは何か”。その意味や方法論を探究するスピリチュアルブログ「魂の神秘学」―瞑想、瞑想方法、内省など多岐に渡って

スピリチュアルな質問にいろいろ答えてみた件

どーも、
夏樹です。

以前色々とスピリチュアルな質問が
来ており、
それに対する答えを書いた過去メルマガ。

今回はそれをブログ記事用にしてみた。

質問をされると、
これまで考えもしなかったことを考えることがある。

そうした意味で、
質問とそれに対する回答というのは、
協同作業なのだなと改めて思った次第。

ぽまいらは、
日頃どんな疑問を持つだろう。

疑問と探究と発見もそして成長へとつながる。

ぜひ漫然と生きることなく、
心に問いを持ってほしい。

 

 

さて、最初の質問は、
以前オレが
『カルマによって与えられる
「痛み」とは、「あなたを霊的に進化
 させるための契機である」
ということ。』
というおれが書いた内容に対するものだ。

 

 

Q:「なぜこの世での学びは痛み、苦しみを前提としているのでしょうか?」

なるほど。
そう言いたくなるのは分かる。

 

仏教なんかは、
そんな感覚が強いな。

さて、
この世界ではおれたちは、
「神になりゆく神」として、
人に産まれている。

東方キリスト教や神秘学派では
そう考えているのな。

この前提すらも「なんでやねん」
となると話がまた長くなるので、
そこは別の機会に。

とりあえず前提として進める。

 

しかし、
放置プレイをかまされているワケじゃねぇんだ。

 

人が生きていくうえで、
何か「間違ったこと」をすれば、
軌道修正が働く。

人はそれをたとえば天罰とか
不運と呼ぶこともある。

ただそれは別に「苦しみ」が前提ではなく、
「軌道修正」が前提なんだよ。

 

ただ、この点を
「苦しみ」と受け取るのは、
人の感情の問題であってさ。

それはいわば、
親や教師の叱責のようなものだ。
その人のために働くものだ。

 

真面目に受け取れば、
この軌道修正を通して、
人は少しずつ成長する。

そしてある日、気づく。

 

ミスをしても、
「お叱りが飛んでくる前に対処する
こともできるんじゃね?」

 

そう。痛みや苦痛となってあらわれる
結果は、気づけば、
痛みとして表れる前に修正が可能だ。

それがキリスト教の言う
「悔い改め」であり、
おれのような神秘学徒が言う
「内省」によって得られる。

カルマによる痛い軌道修正が来る
前に内省し、改めることで、
自ら修正を重ねる。

「痛み(カルマ)による強制指導は避
けられる」のだ。

ちなみにこのプロセスが意識的な
霊的成長であり、
本物の「カルマ解除」だよ。

どっかのヒーラーがやるような、
お金を払って得られる「全カルマ解除」
ってなんだろうな?(苦笑

だからまぁ質問者も、
「ひとときの幸せと長い苦しみ。
バランスが納得できません。」

とか、

「それこそ見捨てたのか!」
と思うことがあるようだが、
その痛みこそが、
見捨てられていない証だ。

痛みを痛みと感じないように
するのは、
本人の成長への努力であると
受け取ってくれ。(笑

 

ちなみに「幸せ」がひと時しか
続かないのは、
「ひと時しか続かないものに
幸せを感じる」という
「未熟な価値観」で生きている
状態だからだ。

人はやがて、
霊性の発達とともに、
地上のはかないものから、
「永遠なるもの」へと、
魂の憧れを抱くようになる。

 

それゆえに永遠主義と呼ばれる
神秘哲学派もあるほどだ。

 

この世にある、美や繁栄、喜び、
それらは一時的なもので幻想に過ぎないと、
気づく。

 

そして永遠なるものへと
魂が向かいだすと、
もはや魂は、
未熟(幻想)なもので喜ばなくなる。

かつてほどの高揚はそこにはなくなる。

人がいつまでも積み木で遊ばない
ように、
かつて熱中したものをそっと
脇に押しやるようになるだろう。

そのとき、
人は人生をそれまで構築していた
多くのものが幻想であった気づき、
本質を求めるようになる。

こうした価値観の転換を
意識的に求め、
歩むこともまた、
スピリチュアルな道であることを
忘れずにいてほしい。

 

では、次の質問にうつろう。

 

Q:ポジティブでもニュートラルでも半々のはずなのに心はなぜかネガティブを選択します。これはカルマの影響ですか?

A:性格じゃね?w

 

と言うと、
身もふたももねぇな。

それは単に「ネガティブ」なものに
リアリティを感じているから、
惹きつけられているんだ。

そして先の答えと同様に、
永遠なるものへの魂の憧れが
増すほどに、
感じ方も変わってくるだろう。

そして質問者は、
さらに身の回りの美しい自然に対して、
なぜそれらをただ愛でることが
なぜこんなにも難しいのだという。

しかし、
それは当たり前のことなんだ。

自然はただ在るがままで
完璧さを見せる。

それが在りようだからだ。

存在するだけで、
100%己の役割をはたしている。

単なる造形美以上の美がそこにある。

健全な魂はその在り方を感じ、
「美しい」と思う。

 

だから人はそこで己に問うべき
なのだ。

 

「在るがままで、完璧に美しい
とはどういうことなのだ」と。

 

この問いを深められたとき、
よくスピで「あなたはそのままで
いいんだよ」という、
吐き気がするほどの紋切
言葉の本当の意味へと分け入って
いけるだろうさ。

そこは人に教えてもらうところ
じゃない。

意味も分からぬまま、
安易に人に言ったり、
言われたり。

スピ連中のぬるい、
人工甘味料のような言葉は、
そんなところから生まれて
んじゃねぇの?

自分で本気で探究して、
初めてわかる境地もあるってことさ。

 

続いて、次の質問。

 

Q:風(空気)、星、龍、これらの神秘学特有の見方、役割、感じ方、ってどういったものになりますか?

A:これは面白い問いだな。
そして一つひとつに対して、
一冊の本ができるほどの回答が可能だよ。

 

たとえば、
風ってなんだろうな。

 

気象学者なら、
気圧の差から生まれてる現象とでも
言うかもしれない。

しかし、
神秘学者はそうは見ない。

地球という生命体を流れる
気脈-エーテル-の流れ
ということもできるだろう。

ときに風は、
物質的な意味でも、
栄養を大地に運び、
地味を肥やし、
大地の健康を保つ。

キリスト教的体系から言えば、
ラファエルと呼ぶ高度な知的霊的
存在が管理している機能ともいえる。

人体における血流と気脈が
無意識のうちに運行されるように、
地球の血流・気脈もまた、
この存在が管理しているのだ。

長くなりすぎるので、
あとは龍に関して言えば。

同じように、
彼らは水脈を管理している。
(水平的役割)

そして天・地・人・をつなぐ
役割(垂直的役割)を担っている。

 

そう、次元(空間)のある側面の管理者
ともいえる。

この龍と呼ばれる自然の管理者もまた、
ほんと、本一冊になってしまう。

日本という東洋文化圏に生まれた
キリスト教神秘主義者という独特な
おれの立場で言えば、

「大天使と同じ階層に属し、
 それでいて人と大地と水に非常に
 結びつきが強い霊的存在。
 彼らは、
 人の魂にある種の目覚めを
 与えることに、
 非常に関心が強く、
 また誇りを持っている」

ってカンジかな。

いずれにしても、
対象がデカすぎて、
どこをどう切り取って見せれば
いいのか、
なかなか答えが出ないほどだよ。

まぁそんなカンジ。

思うところがあれば、
また質問をどうぞ。

 

と、今回はそんなQandAでした。

ちなみに次回の講座は、
7/25(土)です。

 

 

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