“スピリチュアルとは何か”。その意味や方法論を探究するスピリチュアルブログ「魂の神秘学」―瞑想、瞑想方法、内省など多岐に渡って

講座サマリー

はいはい、ツッコミ通り、久々の更新がまた講座サマリーです。(藁


といっても、今回はプラクティテス中心なので、あまり書けることがないし、今回からの内容は、あまり詳細は書くべきではない内容が含まれはじめる。



そろそろ・・・ということで、コアスキルに入り始めている。



今回は座学をすっとばして、気功を先に行った。まず身体に、エーテルをできるだけ満たしておいて欲しかったからだ。



その次に、エーテルの吸収率を高める呼吸法の練習。通常の呼吸パターンと違って、意識的に行わないと、なかなかうまくいかないパターンの呼吸だ。



慣れてくると、この呼吸パターンをしずかに繰り返していくだけで、心身にエーテルが満ちてくるのが分かると思う。




こうした呼吸を日常生活の中で、気づいたときや無意識的に行うようになると、それだけで違ってくる。また呼吸自体が、深く、ゆっくりしたものに変わる。



時折、散見されるネタだが、現代人の呼吸は浅く、早いものになってしまっており、それもまた健康には良くない、と。オレさまも同意だ。なので深いゆっくりとした呼吸は、意識して欲しい。



さて、そのあとに、周天法に近い、エーテルを練り上げるレッンス。心身に溜め込んだエーテルを練り上げて、良質なものへと昇華させて、いわゆるチャクラの活性化を目指す。



必死こいてコレに取り組むと、実はこれだけで霊能力の開発には十分なメソッドとなる。しかし、同時にさまざまな危険性がともなうものなので、参加者は幾つかの注意点を忘れないようにしておいてくれ。



慣れてきても、へんに我流にしりせず、古くからある伝統的な方法には従っておくように。



また、この方法はいわゆるタントウ功のような「補気」の作用はないので、あらかじめ、身体にエーテルをたっぷり補充しておくことで、効果がぜんぜん違う。



なので、これまでのように日ごろの気功のレッンスや呼吸法への取り組みは忘れないように。呼吸法だけで速やかに十分なエーテルを溜め込めるようになればいいけど、まだまだみんなはそんなレベルにない。オレさまもそうだ。なので、気功それ自体への取り組みも平行させてくれ。



で。



今回から始める、薔薇十字瞑想。一連が長いので、少しずつ始める。



通常のイメージ瞑想と違い、構築したイメージに沈潜して、そこから得られる知見や感情の変化が魂に及ぼす影響が非常に重要。



その感情の震えこそが、霊的覚醒に必要な霊的器官の発達に寄与するんだ。



とりあえずは、各自、今回行ったところまで、じっくりと取り組んでくれ。



講座も折り返しに入った。



本来は一年間で取り組む量を超えている。



大変かと思うが、じっくり、焦らずな。霊的成長への取り組みは、ゆっくりだ。ゆっくりなほうが、結局、一番早い歩みとなる。



ま。そんな話だ。




                     訂正 1  


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  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(20/05/03)
    こちらも承認と返信が消えていたような・・・。すまんこって。 日々の中でいろんなケーススタディーでてくるよな。 確かに知識とハウトゥを知ってるだけでかなり違うように思うね。
    » この手は何のためにあるのか
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(20/05/03)
    あれ。なんか承認と返信が消えているような・・・。 まぁそこまで深刻なというよりは、どう生きるかどう在るべきか。 自分に対しての決めの問題かなーと。
    » この手は何のためにあるのか
  • User Avatar ろこじ さんより(20/04/21)
    ありがとうございます。その後、アマゾンで「老人の取扱説明書」、「まんがでわかる老人~その行動には理由があります」、「老いた親との上手な付き合い方」など医師による著書が沢山あることがわかりました。まずは読んでみたいと思います^^。
    » 孤独なエロジジイに愛の花束を渡したいけどさ。
  • User Avatar ろこじ さんより(20/04/21)
    こちらの具体的な事例による気づきや葛藤、学びのお話、とても共感し考えを深めるきっかけになります。ありがとうございます。 日々の実践で「誠意をもって(略)隣人を愛し、彼らに奉仕します」というのは、自分ひとりでできることではなく相手があることなので結構難しいと感じます。「こちらがよかれ、と思ったことでも相手には迷惑だったらどうしよう」とか「逆ギレされたらこわいな」とか、実際にそんなことがあってあつものに懲りてなますを吹く的に人に親切な行動することをためらった経験のある方はかなり多いのではないでしょうか。 あと、本当に知識と慣れですね。以前、視覚障碍者の方から「道路が分らなくて困っている様子の白い杖の人を見かけたら、突然腕を取ったりしないで一声かけてからにしていただけるとビックリしません」とお話を聞いてから、「お手伝いしましょうか?」と積極的にお手伝いできるようになりました。 これからもケーススタディシリーズ、よろしくお願いします!
    » この手は何のためにあるのか

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