“スピリチュアルとは何か”。その意味や方法論を探究するスピリチュアルブログ「魂の神秘学」―瞑想、瞑想方法、内省など多岐に渡って

自分の考えというエゴ

はい、どーも。

36歳にもなると、「不惑が近づくなぁ」と思う半面、
未だに人生惑いっぱなしのオレさまですが、
ぽまいらはいかが人生迷子になっていやがりますか。


いやね。
ダンブルドアの薫陶を受けた身でも、
未だにこの道での在り方に惑うことなんざ、腐るほどあるわけですよ。


日々の心のあり方。行法への取り組み方、進め方。


とくに邪魔をするのが「自分の考え」。


思考重視なオレさまとしては、なお更、今度は自分の考えが邪魔をする。


たとえばさ、内省ひとつとっても、今は色んな情報が氾濫し、
世のスピセラピストだなんだが、
それぞれに好き勝手に自分の体験から生み出したものを広めようとしたり、
イチオシで薦めたりするわけだ。


ヒーリングとかにでもなれば、それこそ星の数ほどある。


もちろん、中には良いものもあるだろう。


また、その人の霊的資質に合う合わないもあるので、
ナニが一概に良いとは無論、いえない。


霊的道の歩き方というか、全体的な取り組みスタンスに関しては、
どこから手をつけていいのかも分からないほどの乱立だ。


しかも世の中に流布しているのは、大抵、それらのスピンオフのスキルを
切り取って、商売のタネにしているようにしか見えない。


そういうのを見たり聞いたりしていると、オレさまも迷うことがある。


つい、他のものを「導入してみっか」という気になることもある。
これまでの自己の体験と照らし合わせたりして、
「これはいい」と判断してしまうんだ。


実際、そりゃいいのもあるだろう。


これをやると、何気に「突き抜けて」到達できない。


はっきり言えば、オレさまもこの道においては、まだ「駆け出し」に過ぎない。
だから、「学徒」を名乗ってる。


まだまだ「自分の考え」を捨てていなきゃいけない時期なんだ。


伝統的芸事でいえば、一度自分の特徴、思想、考えをすべてて捨てて、
ひたすら「型」に取り組む段階だ。


守破離の守の段階。


この型こそ、すべての芸事において、先人たちが積み重ねた集積知。
短い一人ひとりの人生を越えて、数百年、ときには千年以上磨かれ、
積み上げられてきた遺産だ。


その遺産に、たかが数十年の歩みの一人の人間が、
まだろくに「分かっていない」にもかかわらず、勝手な自己判断でアレコレ改変を加えたり、
いっちょ前に批判的検討を加えて、改良しようとする姿勢もおこがましい。


受け継がれた体系には、その浅薄な思考では、到達できない深みが宿っている。


そういうことをつい忘れがちになりそうな昨今だ。


そんなときこそ、オレさまはこの道の先人たちの歩みに帰る。


オレさまの道のケースで言えば、
使徒ヨハネに始まり、マイスター・エックハルト、ヒルデガルド・フォン・ビンゲン、
近くはルドルフ・シュタイナーやダスカロス・・・。



こうしたキリスト教神秘主義者は、それぞれに技法的差異はあれども、
「キリストに倣うこと」でキリストへと近づこうとし、一体化をし、
霊的変容をしてきた。


どのような道にいようとも、その道の「エッセンス」というものがある。


時代や地域、文化的差異等において、技法の違いが多少でても、
本質は変わらない。


そして受け継がれた真に価値ある本質というものは、
一人の学習者の浅薄な思考というエゴイズムであれこれいえるような
浅いものではないのだ。


迷うときこそ、ブレちゃいけねぇ。


その「自分の考え」は、ただの驕りだ。


「私は、こう思う」の「私」を徹底的に捨てることができなければ、
はるかに高い「私」へといたることはできない。


「神の僕」たることを選んだ神秘家たちは、そのような道を示し、
歩いてきた。


オレさまもまたブレずにいたいと思う。


道を残した先人たちのためにも。



ま。そんな話だ。



                     訂正 1  

「あたいもそんなときはとっとと寝てしまうわよ」なんて思ったら、ぽちっとな。(藁

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  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(18/06/01)
    >たかメイ へぇ、おもしれぇな。 そのじっちゃんがどういう意味で言っているのかちょいとわからんが、 アストラル界を超えて、コーザルまでいくと、もう光とかじゃない。 「光」ということは、反対の「暗い」があるだろ? それは相対性領域であることを意味しているんだ。 相対性を超えると、 今度はなんというか、意味・概念の世界の入るのよ。 そこまで行ったら確かに本物というかガチで一人前だ。(笑)
    » 「復活の呪文」で復活した物語【スピリチュアル成功哲学あるいは法則】
  • User Avatar たかメイ さんより(18/06/01)
    失礼いたします。ちょっと質問させて下さいませ。 スピ系のワクワクキラキラ系は、よく「光ってください!」と言います。 アストラル界はこの世の光とは比べものにならないほどの眩い光を放っていると夏樹さんのブログで読みました(RGB)。 そ、そんなに眩しいのか!と思いましたが、 二年前にある方のセミナーに行ったとき(75歳くらいのおじいちゃんが講師)、「本物はもう光ってない。」とおっしゃってたんです(そのおじいちゃんは昔のある時期、暗い部屋にいて電気を付けなくても大丈夫なほど光っていたそうです)。 その意味がまったくわからなかったのですが、 アストラル界は眩いほどに光ってるけれども(魔術)、メンタル、コーザル界まで行くともう光は無いのでしょうか? だとしたら、そのおじいちゃんはもうアストラル界を超えてしまっていたとか、脳波はデルタ派なのだそうです。
    » 「復活の呪文」で復活した物語【スピリチュアル成功哲学あるいは法則】
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(18/05/23)
    ははっ。この復活の呪文は自分の望むべき、在るべき状態へと「復活」することを企図するものだな。笑 まぁ別にカネがかかるものでなし。 未読なら読んでおくといいぜ。 いつか役立つかもよ?
    » 「復活の呪文」で復活した物語【スピリチュアル成功哲学あるいは法則】
  • User Avatar shin さんより(18/05/23)
    カセットの内臓バッテリーが切れてセーブデータも消えてしまった「Ⅲ」状態(笑)の自分ですが、今回の記事は興味深く拝見させて頂きました。メルマガやブログ記事に「復活の呪文」との記載があったのは存じてましたので気にはなっていましたが、「まだその時ではない、そんなに酷い状態には陥っていない」と自分に言い聞かせてスルーしていました。ですが、これはそういうものではなかったのですね? 今は棺桶に入ったまま勇者の後ろに引っ張られているかの様な実生活を送っていますが、よく考えてみたいと思いました。 Ⅲに復活の呪文を入力する裏コマンドとかあったっけ...↑↑↓↓←→←→BA...
    » 「復活の呪文」で復活した物語【スピリチュアル成功哲学あるいは法則】

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