“スピリチュアルとは何か”。その意味や方法論を探究するスピリチュアルブログ「魂の神秘学」―瞑想、瞑想方法、内省など多岐に渡って

ヒーリングについて読者の質問に答えてみた件その2

今回は、前回の「ヒーリングについて読者の質問に答えてみた件その1」続き。

前の記事がまだな方は、その1からどうぞ。

 

さて。

 

いただいた質問の後半について回答していきたい。

 

 

 

 

「ヒーラーは、他人のカルマに干渉していないか?

 

 

他人のカルマへの干渉か否か。

実はこれもイエスであり、ノーともいえる。

 

まず前提として。

 

人は他人のカルマに干渉することはできない。

 

厳密にはね。

カルマの「結果」に

 -たとえば現れた病に-、

 いっしょに親身に取り組むということはできるが。

とはいえヒーラーは、

どれだけ優秀でも、

カルマの許可がなければ、

風邪程度だって癒せないし、

癒したと思っても、

すぐに再発してしまう。

 オレさまの師匠は、

よく「ガンほどカルマの結果生じたということが顕著な病はない」

と言っていた。

 

スピリチュアルな意味でのカルマ

(過去世からの原因と結果)、

 

物理的な意味での原因と結果。

(今世での不健康な習慣等に起因)

 

そのすべての意味においてね。

そして悲しいことだが、

ダスカロスのような偉大なヒーラーの

ヒーリングを受けた者でも、

多くが再発した。(ガンに限らず)

 

ダスカロスはヒーリングをした者に、

いわば本当のヒーリングとして、

生活を改めるために色々アドバイスをした。

 

いわばその病を発生させた原因を根本から解決するためのね。

しかし、喉元をすぎればなんとやら。

多くは、そのアドバイスを実行せず、

結局再発してしまう。

カルマを本当の意味で解いていく(癒す)には、

あくまでも本人の「悔い改め」が必要なんだ。

この悔い改めに意識的に取り組むのが内省なのだが。

 

 

サイキック・ヒーリングとスピリチュアル・ヒーリングについて

さて。
ここまでのヒーリングは、
気(エーテル)を使った、
いわゆる「エネルギー・ヒーリング」なんだ。
サイキック・ヒーリングともいう。

ヒーリングの世界のヒーリングは、
もう99%、このエネルギー・ヒーリングだ。

そして一方、
本当の「スピリチュアル・ヒーリング」
というものがある。

多くは、
適当に「スピリチュアル・ヒーリング」
と言ってるけどね。

これはさ、
自分のカルマが-悪い意味での
“原因”がもう過去にはなく、
負債的意味で結果を支払う必要がない者─
ない者しかできない。

そう、俗にマスターと呼ばれるようなレベルだな。

彼らのような高みになって初めて、
「癒したい者のカルマの肩代わり」を担うことができる。

そしてこれは前回のダスカロスの所感だが、
ヒーラーが「カルマの肩代わり」という愛の行為を行うとき、
その病を発生させたカルマの負債が100あったとしても、
10程度負うだけで許される。

残りは、愛の神であるキリストが担ってくれるのだ。

ちなみにゴルゴダの丘においてのキリストの磔刑は、
そうして彼は人類の罪を負った。

その結果、人類はあのとき癒され、
霊的進化-理性的進化-の道が開かれた。

まぁこう解釈するのが薔薇十字の神秘学派だが、
それはまた別の話。

話を戻す。

 

ヒーリングとカルマの問題

このカルマの肩代わりというのが、
本物の「スピリチュアル・ヒーリング」だ。
(さらに別途として、

高次世界の意図とエネルギーによって起こすスピリチュアル・ヒーリングもある)

そのため、
ダスカロスもまた、
よく患者の代わりに自分が病み、
寝込んでいたことがある。
(とはいえ十分の一程度に軽減されたので、
深刻になることは多くはなかった。)

ときに、自分の身体に患者のガンを移転させ、
ゆっくりと自分でガンを治していったことさえある。

ホントのヒーラーは、
こうした「スピリチュアル・ヒーリング」が可能になるんだ。

もちろん、
このスピリチュアル・ヒーリングだって、
そもそもがヒーラーが介入することそれ自体をカルマが許さないことは多々ある。

どうしても本人が、
自力でキッチリと支払う必要があるというケースだってある。

カルマの問題というのはホントに深淵で、
ダスカロスもシュタイナーも師匠も、
「ここが一番深淵だ」ということはよく言っていた。

シュタイナーにしても、
「もし他の研究家が他の領域を研究してくれたら、
自分はカルマの問題に専念したかった」というほど、
奥深いんだ。

 

カルマは恩寵としてのシステム

たとえばさ、
Aさんが過去世で兵士としと多くの人を殺したとするだろ。

その結果として、
彼は今世では多くの人に虐げられる人生を歩むことになった。

一方で、
Bさん。
Bさんは医者となって多くの人を懸命に癒すことに取り組むことで、
カルマの返済に努めた。

似たような「罪」をおっていても、
その払い方がまったく異なる。

こうしたカルマ-原因と結果の法則は、
カルマの大師と呼ばれる大天使たちによって管理されている法則だ。

人の知性がとうてい及ぶ領域ではない。
三次元存在の人の身である以上、
謎は謎のまま残るだろう。

そして決して誤解して欲しくないのだが、
この法則は、
「罪と罰」を強いるためのものではない、
ということ。

人を殺したから、その負債を払う。

わかりやすいから、
そういう例えをするが、
別に刑務所のように「罰」として辛い人生というわけじゃないんだ。

カルマの法則、
つまり原因と結果の法則は、

低い次元では、
いわゆる物理法則として現れ、
高い次元では、
人の霊性進化の法則として機能している。

人はこのカルマの法則を通して愛を知り、
悟り、神へと近づいていく。

それ自体が、
神の恩寵なのだ。

だから、何か誤ったことをして、
幸いそれに気づいたら、
「痛み」として現れる前に対処すればいい。

その手段が、内省だ。

己の行動を省みる。

内省をして、悔い改める。

その結果、カルマは解かれていき、
人は痛みではなく、
理性によって知り、気づき、
成長していく。

これが本当の人生で起こすべきヒーリングであり、
カルマを解くということなんだ。

どこかのスピ系だか自称ライトワーカーさん(笑)
がやっている、
「全カルマ解除」wとかいう、
何かの冗談のようなサービスなんぞ、
まるでイミのないごっこ遊びでしかないわけだ。

話を質問に戻す。

「ヒーラーは、他人のカルマに干渉していないか?」

結局のところ、
カルマというものは、
最初から最後まで自分が向き合い続けるというものさ。

ま。そんな話だ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■編集後記
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
さて、
今回はヒーリングからカルマの話にまで踏み込んだ。

カルマは複雑だが、
同時に物理法則もカルマの法則の三次元的現れであるように、
ある意味シンプルでもある。
自分で蒔いた種は、
自分で刈り取る。
極論すると、
ここに行き着く。
ただし、人生における「種」は、
幾つもの人生(輪廻)を巡っても現れる。
だから我々には一般的に観察手段はなく、
信じることが難しい。
ここで、“信”が問われる。

直感的にでもいい。

こうした世界の存在を信じるならば、
まずはヒーリングやら心霊体験やらよりも、
「自分で蒔いた種は、自分で刈り取る」
ということをまずは受け入れて欲しい。

そういう小さな積み重ねが、
少しずつ自分のエゴイズムを変革し、
スピリチュアルな世界に向き合うに相応しい
人格を養っていくのだから。

ま。そんな話だ。

 

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  • User Avatar なが さんより(18/03/06)
    認める迄が ↓ココ ー\/ーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーー ーーーーーーーー ーーーーーーー (魂?) なイメージかな? こんな真っ直ぐじゃないけれど。 今の実感としては、入口さえ間違っていたから明後日の方向に行ってるのさえ気付かなかったのが、(自分に至る)入口をやっと見つけた、しかもめっちゃ目の前にあった!っていう迄が長かったから、分析・解体が遅々として進まなくても、「あ、今なんか違っているかもしれない」って気がするだけで、自分にとってすごく進歩しているように思えるの。 で、一回「よっし!これだ!答え(分析結果)出た!」って思っても、 次の時に同じ答え(分析結果)がどうもしっくりこなくて、 「あれ?一回めのはなんだったん?」て戻ってみたら、更に隠れていた答えが見つかって… の繰り返しかな?と(今のところ)思っていて、 正直、自分は内省をしている感ほぼ無いし(←ここにも思い込みがありそう)、 理性ってなんなん?って思うけど(理性が分かっていないことが分かったw)、 これは続けていくしかないな(多分そうせずにおれない)という気がしている。 そんなだから、ダスカロスのチェック事項、まじ多過ぎる。 とっても手がまわんない。 ただ、それだけあるって知っておくと、 光の当てる角度が変えられるっていうのはあるのかな? 何度も云うけど、今の私の雑感だから、後々、 「うわ!全く違ったわ!」となるかもしれん。 それでも北極星が見えているだけで全然気持ち的に楽なんだな。 自分を責めるのって、 自分がすごく正しいことをしているような気がしてしまうんだよね。 それでなかなか止められないのかも。
    » エゴイズムと向き合う
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(18/03/06)
    責めたらあかんな。(笑) >内省って自分のエゴイズムを認めるまでがごっつ苦しくて、 >そこを突破したら内省ってこういうことか〜って分かるのかなと。 意外とそうでもない。(笑) 認めても分析がすすまないと、なんとも、、、だね。 アレやらコレやらが「エゴイズムだったな」と 気づいたら、その根っこをさらに分析していき、、、と。 理性でどんどこ解体していくんだな。 その過程でさらに分析対象が増えてリストアップされていく。(笑) 単純に「難問」の回答に四苦八苦する受験生のように、 エゴイズムを理性で解体(分析)していくプロセスがまってるぜぃ。 なかなか満足がいく答えにたどり着けないしねぇ。
    » エゴイズムと向き合う
  • User Avatar なが さんより(18/03/06)
    わはw 私、内省の仕方?手法?めちゃくちゃ間違ってたことに気付いたw 自分にダメ出しばかりし過ぎて、ちょっとMっぽくなってたw 今現在の認識だけど、 内省って自分のエゴイズムを認めるまでがごっつ苦しくて、 そこを突破したら内省ってこういうことか〜って分かるのかなと。 スピリチュアルを学んでいるという優越感もあって、 自分はちゃんとやってると思い込んでいたから、間違いに中々気付かなかったのかもな。 ちょっとスピリチュアルから離れて、 要するに外から知識を仕入れることを止めて、 そもそもの自分の感情とか考えの癖とかをどんなにグダグダで利己的であろうと、 これが自分の中にあるものだ と認めて見ぬふりとか押さえつけるのとかを止め始めたら、 今まで教わったことが分かるようになってきた気がする。 まだ、ダスカロスの内省する時の言葉の通りにはいかないけどw
    » エゴイズムと向き合う
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(18/01/20)
    ははは。(笑)まぁ不吉なほどの難問来たら食らっておきなよw そーなんだねー。httpsも済んでるし。理由がわかんなくてさー。Twitterに問い合わせてもレス寄越さないし。 やれやれだよ。
    » 【実録!】グラウンディング無きスピリチュアルがヤバいワケ【後編】

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