“スピリチュアルとは何か”。その意味や方法論を探究するスピリチュアルブログ「魂の神秘学」―瞑想、瞑想方法、内省など多岐に渡って

今、日本に内省が足りない。【スピリチュアル系に多すぎ】

【内省が足りないとする本記事の概要】

どうも、なつきです。どうやら、今、日本に内省が足りない。なんていうと大げさだっつーね。単に自分や神秘学講座で取り扱う項目に「内省」がどうも増えている、という話に過ぎないっつーね。とはいえ、読者の皆さんも、いちいち「内省」とまできちんと意識していないなくても、日々の振り返り、反省など、自分の思考、言葉、行動などをもう少し振り返る機会を設けた方がいいのではないかな、なんて思うことはないだろうか。本記事では、スピリチュアルな道を進むなら、「人は内省をしないと、成長しない。しかし、内省をすると大きく成長することが可能だ」という点に触れていく。

 

今、日本に内省が足りない

今、日本に●●が足りない。というのは、単におもしろ系キャッチコピーが作りやすい型です。(笑) 「いま、日本にロマンチストが足りない」。なんて大上段に設定すると、それだけでなんか面白げなオーラが漂い始めるというw それでいて、さも説得力がありそうなコピーライティングができてしまいます。(笑)

 

なのでおれはこの書き出しが好きなのだが、それはまぁ、コピーライティング上の話。

 

なので、まぁそれ自体に意味はないのだが、冗談抜きで、内省が足りないな、というのはまったくもって、感じるところ。自分もそうだし、「スピリチュアルなことを学んでいる」と思い込んでいる人たちにも実は思いのほか多い。

 

自分は自分を省みているという思い込みはスピリチュアル系にめっさ多い

ほんでな。参ってしまうくらいに多いのが、自分はそれなりに内省とか、自分と向き合えている、と思い込んでいるケース。スピリチュアル系には腐るほどいる。でも、はたからみると、「内省できているだと・・・?」と感じてしまう。これはおれが講座を運営する中で、過去、何人も出会ってきた。中には色々なところで長く学びを進めていた人もいた。そうしていつつも、実は本当に自分と向き合えていなかった。人間は、「自分が本当に向き合わなくてはいけない、自己の内面的問題」について、なかなか向き合えないのだな、ということを思い知らされたケースが多い。

 

残念ながら、おれはそうした問題には、外部から、いかにも「指導者として」みたいな感じに、がっつりと働きかけることはしない。自分で気づいてもらうのを待つスタンスだ。おれ自身がまだまだ未熟な身。がっつりと踏み込んでいく資格があるとは思えないというのと、結局、自分で気づかないと、本当の自己改革、成長はないからだ。別に「逃げ」というわけではなく、おれは師ではなくて、ただのインストラクター的存在にすぎないからだ。

 

さて、そんな風に自分をしっかり省みることができないと、どのような問題が起きてくるのだろうか。

 

内省できないと自分の箱から出ることができないし、自分の問題を認識できない

 

少し神秘学的な話だが、内省というシステムが秀逸なのは、実は「輪廻」というものを一日単位で実施することなんだよね。

人の魂は、一生を通して、多様な経験をして、死後振り返り、反省し、次はこういう風にしたいという衝動を湧き起こさせ、そして次の人生でその課題に取り組んでいく。すごく簡単に言うと、この繰り返しで進化発達していくんだ。

 

この生と死を、生(一日)と死(睡眠)というパターンの中で、意識的に繰り返すのが内省なんだ。だから内省は基本、夜寝る前に行う。

 

当然、この一日の終わりの振り返りは、正確に行えないと、あまり意味がない。実際の輪廻のシステムにおいては、強制的にその仕組みが働くが、自由意志に基づく訓練では、自らうまくやらなくてはならない。しかもそれは、自分が本来、目を背けたいことがらから逃げずにやらなくてはならないのだ。

 

こうした点について、神秘家のダスカロスは次のように言う。

 

 

まず、自分のパーソナリティとその行動を全行動を、慎重に調べることです。そうすれば、私たちは状況全体を理性の光の下で見ることができるようになり、やがて、すべての現象の裏に在る原因というものを特定できるようになるでしょう。

 

この練習には「完全なる誠実さ」が求められます。最初はそれを呼び起こすことが難しく感じますが、それは結果として私たちに大きな幸福感と満足感をもらたしてくれるでしょう。なぜなら、私たちには抵抗するパーソナリティだけでなく、私たちを進むべき方向を指し示してくれる、真実の自己もすぐそばに寄り添ってくれているからです。

 

現段階では、私たちは自分自身について、その態度や行いについて、潜在意識のレベルで見ています。

 

もう少し時間をかけて、やがて態度やお行いが改善されてくると、私たちは自分自身を意識的に見ることができるようになって、感情もコントロールできるようになります。すると、次に正しい決断ができるようになり、さらに意志の世界へと入っていけることになるのです。

この段階にきて思考を正しく使うことができると、私たちは漠然とながら、初めてエゴ―私はわたしである(I am I.)―という状態を感じることができます。そして、私たちはみずから永遠の自己に入り、より深い理解と経験に向かって歩き始めるのです。

 

この段階に到達すると、私たちは肉体のエーテル・ダブルと周囲のあるすべてのエーテル・バイタリティを、自分の指示によって自由に活用できるようになります。なぜなら、もともと私たちの自己認識ー魂には、それだけの〝権威〟があるからです。

 

ただし、弱さや激情をもった現在のパーソナリティにはこの〝権威〟はありません。神聖なる贈り物である思考を正しく使い、自己分析によって高潔な態度や行いを意識することができるようになれば、私たちの喜びはとても大きなものになります。

(ダスカロス著 エソテリック・ティーチング)

 

 

残念ながら、この状態を目指すことを知識では知りつつも、実際的に取り組んでいるものはとても少ない。

 

スピリチュアルに限らず、内省を意識的に導入し、活用している人たち

一方で、上手に内省を仕事に取り入れ、活用している人もいる。ひとりは、自分の仕事仲間だが、彼はコーチングとあわせて、自分と向き合わせるようにし、本人の弱点や強みを自分に理解させつつ、実にやさしくそして上手に、自己改善のサイクルへと導いていった。結果、マジで「使えない」状態だった若者を「戦力」へと仕立て上げた。「いつも上司として衝突して、最後はクビや転職」に追いやられていた若者を同じく「超戦力」へと立て直した。

 

すべからくそこにはある一番のコアは、「自分と向き合うこと」「自分の得意なこと、苦手なこと、弱点」を理解させ、自ら改善していくサイクルにのせていったことだ。他にも別の人の似たような面白い事例があって紹介したいが、いずれ当人の許可があったときに、むしろ当人にレポートしてもらいたいところだ。(笑)

 

そしてこれは自分というより、周囲の人に活用した例に見えるだろうが、同時にこれ、非常に自分にも内省を行うことになる。なぜなら、一人の人間を一つの方向性―この場合は、業務に対する姿勢、取り組み方を改善し、自分の得意、不得意を発見させ、自己改革を行わせる―に向かわせるが、「単に自分(や会社)にとって都合のいいだけの人間を作るためだけのものになっていないか、ということを問われることだからだ。

 

会社にとっては都合がいいが、そこにその当人の人間的成長と一致していなければ、洗脳と何が違うのだろう? という葛藤がそこにはある。誠実であろうとすればするほど、そこは思い悩む。ミスディレクションは許されない領域だ。まさに「誠実であること」が求められるのだ。

 

ところが、多くの「スピリチュアルを学んでいます」な人は、自分にたいして不誠実だ。その結果、もっとも向き合うべき点から目をそらし、いつまでも自分の箱から出ることはない。いつまでもずっとそこで停滞してしまうが、知識とスキルは増えていき、自分は霊的に成長していると勘違いをしてしまう。

このデッドロックから脱出するのは、本当に難しい。

 

内省が内省であるために

スピリチュアルな道で多分、もっとも必要で、もっとも重要なのは、内省だ。上記に引用したダスカロスの文中にもあるが、〝権威〟を身に着けていく唯一のメソッドが、まさに内省なのだ。この権威とは具体的には、創造エーテルというものの取り扱いができる資格を天から与えられることを意味する。

創造エーテルとはなんだろうか。

ダスカロスの分類に従えば、エーテル・バイタリティは四種類ある。(全部で七種類あるが、それ以上のエーテル・バイタリティは、基本的に今の人類にはまだ明かされてはいない。)

感覚性エーテル、運動性エーテル、記録性エーテル、そして創造性エーテルの四つだ。

 

このうち、前者の3つは、通常のヒーリングや、気功などでも取り扱うエーテルだ。しかし、創造性エーテルは、根本から違う。生命を生命たらしめ、物質の物質化・非物質化も可能にする。キリストが空間から無尽蔵の食べ物を取り出し、聴衆に分け与えたように。そして大病のものを一瞬で癒し、死者すらも復活させたように。

 

そのような神的な奇跡を可能にするバイタリティは、現在の我々では、取り扱う資格はないだろう。

 

しかし、逆にいえば、このバイタリティを扱うに値する霊性・人格を身に着けていくことが、霊的道を歩む具体的な目標ともいえる。そのための霊性の高みにあることが、〝権威〟があるという。

聖書において、はじめに言葉ありき、というのは誤訳だ。なぜ奇しくもシュタイナーもダスカロスも、同じ指摘をここでしたのだろうか。二人の偉大な神秘家は言った。「ロゴスに権威あり」とするのが正しい訳なのだ、と。

 

内省は我々に道を示す。スピリチュアルに限った話じゃない。

「スピリチュアルなことを学んでます」、ってのが本人の単なる好奇心に基づいたり、単なる逃げになっているとき、もっとも大切な学びから目をそらしてしまうことになる。その先に何があるのだろう?

あるのはエゴイズムの肥大でしかない。

 

いつだって見えているのは自分だ。周囲の人よりも、自分の想いしか見えない。いつだって自分はかわいそうだし、自分は大変だ、としか見えない。気にかけてくれる人の真意も見えないし、自分に訪れている学びの本質も見えない。しかし、自分はきっちり学んでいるつもりになる。

 

自分の抱えている問題は大きく、周囲の人は小さい。比較ばかりだ。自分が理解してもらえないのは大事だし、自分が相手や周囲を理解しないのはスルーだ。そしていつでも悲劇の主人公にしかなりえない。

 

内省に真摯に取り組むことは難しい。

 

だが、本当に成長していく道はいつだって地味で、長い。

本物のスピリチュアルな道というものは、そうした一見、地味で価値を見出しにくく、そして日々取り組むことが困難なものにこそ隠れている。

 

 

ぽまいらの努力が、正しい道に沿っていることを願うぜ。

 

 

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コメント

    • アウア
    • 2017年 11月 09日

    いくつかページを巡らせていただきました。
    なるほどと思うものも多くヴィジョンなる書籍を購入して少しずつ読んでいる所です。
    やはり、小さな子の在り方と自然を通して答えを出していくのは考え方は間違いではなさそうですね。

    好奇心で神秘学探求者に聞きたいのですが、虫の知らせの感覚変化が起きまして、神秘学的にこれは何がどうなってこうなったのだろうかと
    具体的に言えば幽霊事の直前に確信と不安感が襲い理屈抜きで心霊体験が起こると理解できていたのですが、まあ、めでたく霊感の類もなくなり日々過ごしていたら、虫の知らせは無くなってはいなかったようです。
    不安感のみと成りましたがこれから起こることを数度、霊感とは別に、正確に当たる虫の知らせとして当てています。この感覚の違いは何かあるのか無いのか、神秘学では
    どうなっているんですか?単純に第六感が鋭くなったとか?

    後、昨今のスピリチュアル用語でライトワーカーとかライトウォーリアーなる、正直?な用語、光の応援団と光の戦士だとかなんとか…論外と言う認識でいいのですかね?
    この手のものはどうしても他に言いようがあるだろうと思ってしまいますw

    • 加藤 夏樹

      はろりんこ。なつきです。

      うーん、正直それだけの情報ではなんとも言えない。
      無責任な決めつけは避けたいところだ。
      何かしらの要因で感が鋭くなったのかもしれないし、
      なにかしらの精神不安が原因で霊的な感覚器官が不安定に開きかけたというケースもままあるからだ。

      ライトワーカーとかなんとかかんとか。
      タチの悪いジョークとしかおれは思ってねぇよw

      バブル期に戦士症候群って呼ばれた現象があったの知ってるか?
      今風に言えば中二病だw
      その延長だぜ(藁

    • アウア
    • 2017年 11月 09日

    霊的器官が開きかけた状態…確かに任意で扱えていないのでしっくりくる表現です。こうなったらぽっくり逝くまで付き合うしかなかろうと腹は決めてるのでじっくり探求します。

    バブルの80年代は生まれた時期になります。生まれた時期と言うことで時代背景などリサーチ掛けもしたのですが、知らない言葉です。
    厨二病なら笑って見守るのが花なのでしょうねw

    • 加藤 夏樹

      おう。この手のことは焦らず、じっくりなー。

      うん、笑ってスルーが吉ですわ(笑)

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