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神秘家ダスカロスの神秘学的天使論4~大天使論を中心に~

【本記事の概要】

ども。大天使のハートがわかるオトコ、なつきちです。ダスカロスの大天使論の記事が続きますが、先日、こんなことがありました。とあるガードしたで、なんかモフモフした白い羽が少し薄汚れていた男に出会ったとです。

「いやね、正直、オレたち大天使もたまらんっすよ。どんだけ働いても、てめぇの力じゃ昇進(進化)できねぇし。デキの悪い弟の進化を助けるばっかりだし。こっちが必死に呼びかけても、言ってもいねぇことをさもとうとうと話してるように翻訳されちまうし。しかもこの記事の画像はガブリエルだしよ・・・。大体、こっちの昇進はおめぇら人間どもにかかってるんだっつーのに・・・うぃっく・・・なぁぁぁにがミカエルさま~だ。この腐れブ(検閲により削除)どもがっっ・・・」


そんな大天使の晩酌とグチに付き合っているオレさまですが、ぽまいらはいかが今日も今日とて人間の地位を利用して大天使たちに勝手気ままなお願いごとをしていやがりますか。

なんて冒頭から、まじめなスピリチュアル好きの反感ばかり買ってしまいそうなアオリだが、何はともあれ、今回も大天使論の続きです。

前回まではこちら。

神秘家ダスカロスの神秘学的天使論1~大天使論を中心に~

神秘家ダスカロスの神秘学的天使論2~大天使論を中心に~
神秘家ダスカロスの神秘学的天使論3~大天使論を中心に~
以上が未読な方はお先にどうぞ。今回は、大天使とのアチューンメントについて書いてみたい。

 

大天使とのアチューンメントとは?

あー。さて。原因と結果の法則編も終わったので、天使論の続きに入ろう。前回は、大天使たちの自己認識は人間とは大きく違うこと、彼らは記憶という機能がないために自分で比較・検証という自己努力による進化ができないことなどを学んだよな。まったく、すごいんだか、融通が利かないんだか、なんかよくわからん連中ですな。

まぁいいですわ。それを言っても話がすすまねぇ。

まず今日の分を「エソテリック・ティーチング」より抜粋しよか。




「絶対存在の中における大天使、天使、そして人間の本質をそれぞれ把握するには、完全なアチューンメントと一体化の能力を身に着ける必要があります。


人間の自己認識は時間・場所における出来事に焦点をあわせているものですが、このような人間の性向を越え、真の現実に足を踏み入れる必要があるのです。そのためには、エクスタシーの世界まで広がっている超意識自己認識を得なくてはいけません。


それには完全なる自己認識のもと、周囲のあらゆるものの波動・周波数を理解し、あらゆる階級の大天使の仲間たちと意識的にコンタクトできるようになることです。



さて。大天使の本質を把握するには、アチューンメントが欠かせないといっている。これは簡単に言えば、俗に言う波動を合わせる、だ。アチューンメント系のヒーリングが巷にはゴロゴロしているだろ。アレは特定のエネルギー源に自己の波動を合わせることでエネルギーを下ろしている。だからアチューンメントという言葉を使っているのだろう。



まぁ実際、何に合わせているのかしらねぇけど。



つまり、大天使をひとつのエネルギー場として捉え、そのエネルギーを体内に呼び込んで波動を合わせていくことから「アチューンメント」の訓練は始まる。このあたりの瞑想スキルはネットでやるにはちと怖いので、とりあえず知識として知っておいてくれ。講座とかだと、きちんと目の前の状態を観ながらできるので安心なんだけどね。

大天使とのアチューンメントはそもそも前提として「超意識」の覚醒がいる

そんで、そもそも超意識にはいんないといけないと言ってるよな。ここで言うエクスタシーとは神との一体化、テオーシスに至る心の意識常態であり、超意識も同じようなものだと思ってくれ。ここでいう自己認識は、とりあえず今の「眠ったような意識」の段階から覚醒した目覚めた状態のこと。



用語の混乱が見られるが(翻訳だからか?)、とりあえずは自己認識というダスカロスがここで言っている意識の目覚めにまず至らなくてはいけないんだ。



つまり、大天使とのアチューンメントは、この自己認識の覚醒段階に応じて、段々とディープになるだろう。つまり、認識できる「リアル」の幅が広がっていくんだ。そのため、エネルギー的交流や利用に始まり、意識的なコミュニケート、そして一体化へと至る。



逆に言えば、自己認識の覚醒が伴わなければ、彼らとのコミュニケーションも深化しないし、本当の意味で理解できる常態にはならない。つまりここでも、内省による意識の進化は欠かせないわけだ。というか、常に平行作業であることがわかる。どっちかだけということはありえない。

神秘主義と大天使

つまるところ、神秘主義ってのはさ、極論すれば、「意識の発達論とその方法論」の体系なんだ。だからスキル的なコアはどうしたった内省になる。以前、結局すべての瞑想は内省からの派生だと言い切ったが、それはこんなところでも分かるだろ。



<意識>を浄化し、発達させていかねば、霊的には先へ進めなくなるんだ。よく分からないアチューンメント系スキルを一発かましてOK、今日からヒーラーだの大天使とフィーバーな世界では決してねぇな。



内省を通して少しずつ潜在意識を浄化していくことで、大天使とアチューンメントする資格をオレさまたちは手に入れる。そしてある一定レベルで潜在意識の浄化がすんだときに、初めて本当の意味での大天使との交流が始まる。こっちの潜在意識がクリアになればなるほど、彼らはこっちを「ナカーマ♪」と感じ、喜んでコンタクトしてくれるだろう。


少し話はそれるが、潜在意識を理性で浄化し、顕在意識野へと開拓していてく。理性の光で照らし、潜在意識と呼ばれる領域を「減らして」いく。そんなプロセスをとらない、いたずらに潜在意識を利用して願望実現とかぬかす扱い方に、霊的な進歩はまるでない。むしろ自分を劣化させるだけだ。大天使など高次存在とアチューンメントできる状態など、はるか彼方だ。



時間はかかるだろうが、まずはそのレベルを目指して、ゆっくりと歩いていくしかねぇんだ。ぼちぼちやっていこうや。



ま。そんな話だ。

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【Contents】

はじめに-最高のヒーリングの話

【内省編】
1.内省の効果として-内省で生まれ変わった男の話
2.理性で、潜在意識という畑を耕せ!
3.瞑想と内省との違い
4.基礎的内省の実践
5.内省の必要性としての補講

【ヒーリング編】
1.エーテル(気)を感じることから始めよう
2.エーテルの機能について1
3.エーテルの機能について2
4.エーテルの機能について3 基礎的プラクティス

【エソテリック・プラクティス】
1. 秘教のスキルとして霊的防御フィールドの構築
2. 1本の赤い薔薇を


【ヒーラーに向けて】

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  • User Avatar ポチ さんより(21/10/02)
    ありがとうございます。 >基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 >観察することに集中するんだよ。 >その結果、 >色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 観察への集中、確かにここは欠けてるようです。 また、その結果得られた衝動や意味も、 祈る時は捨てて観察に集中するようにしてみます。 ありがとうございました。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/10/01)
    ポチ ども、夏樹です。 多分だけど、意味をイメージしすぎているんじゃないかな。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 とくにこのあたり。 こういう崇高なイメージは結果湧いてくるものであって、 視覚化においては 基本的に「視覚的イメージ」を形成し、 観察することに集中するんだよ。 その結果、 色んな崇高な魂の衝動や意味がわきあがってくる。 最初からそういうイメージをもって 挑むもんでもないんだ。 今度は映画を観るように 視覚的イメージだけに集中してみなよ。
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar ポチ さんより(21/10/01)
    なつきさん こんばんは 薔薇十字の瞑想の時の最後の薔薇十字の表象の時に、上手くいきません。 植物の光を求める衝動をキリストの父なる神への衝動にかさねて7輪の薔薇をイメージする、 十字架はもちろん贖罪の罪=私の罪で託して背負い、 十字架と薔薇の間にある私を含めた現存在の全体をイメージしてるのですが何かが違う気がいつもしてます。 どこがダメだと思いますか?
    » ルドルフ・シュタイナーの薔薇十字瞑想について
  • User Avatar 加藤 夏樹 さんより(21/09/17)
    4年目さ。
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